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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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嵐の後、その2~不可侵の領域~

「だ、だ、ダメ~!!!!」


 ニアが電光石火の速度で2人の間に割って入る。そしてエアリアルからカザスをひったくると、カザスを守るように抱いて、ううう、とエアリアルを威嚇し始めた。それを見てきょとんとするエアリアル。


「どうしたんだ、ニア」

「だめだだめだ! それはダメだ!」

「なぜだ?」

「カザスは私のだ! お前にはやらん!!」

「ほう、ニアはカザスの恋人なのか?」

「そうだ! ・・・・・・あ」


 言ってからニアは我に帰ったようで、周りを見渡すと全員がニヤニヤしていた。


「へ~、ニアがカザスと・・・ねぇ」

「それはリサも知らなかったのです。意外と手が早いのですね」

「先を越されたわね、アルフィ? ぷぷぷ・・・」

「変な事言わないでよ、ユーティ」

「末長くお幸せに、2人とも・・・」


 フェンナが締めくくると、やっと恥ずかしさを取り戻したニアが真っ赤になって俯いてしまった。尻尾もぺたりと地面に着いてしまっている。

 だがエアリアルは一向にひるまない。


「別にニアが本妻で、我が愛人でも一向にかまわん」

「私がダメなんだ!」

「ニアがどうかは関係ない。カザスに決めさせろ」

「ど、どうなんだ? カザス!」


 2人の女性に詰め寄られ、これ以上ないくらいうろたえるカザス。人生でこんな経験はそうないだろう。カザスも今までの人生と違いすぎるのか、とっさの応対が出来ていない。そんな様子をミランダ、ユーティ、リサは心底楽しそうに見ている。


「え、えーっと・・・・・・・・・私が好きなのはニアさんなので、エアリアルさんは遠慮していただけると」

「カ、カザス」

「カザスがそう言うなら仕方ないな・・・さすがにこうまできっぱり断られると、力ずくというのもな」


 嬉しそうに目を潤ませるニアと、獲物を逃したように残念そうな顔をするエアリアルが対照的だった。よくこの状況で理性的な判断をしたものだと全員が感心しているが、カザスにしても精一杯の理性を振り絞った発言だったようだ。彼にもう少し知性が欠如していれば面白かったのにと、リサが内心で悔しがったのは誰も知らない。


「まあいつでも我が欲しくなれば言うといい。なんなら寝込みを襲ってもよいし、ニアに黙っていてもいい」

「エアリー!」

「そう目くじらをたてるなニア。どうしてもそれが嫌ならしっかりカザスを捕まえておくんだな」


 力関係が全てを決定するような草原で育ったエアリアルにしてみれば、この場を引いたこと自体がかなりの譲歩なのだろう。だがこれ以上は強く言わず、大人しく座って食事を続けるエアリアル。どうやら一件落着のようだが、一番衝撃だったのはカザスだったのかもしれない。まだ真っ白かつ上の空である。


「カザス、大丈夫か?」

「え、ええ・・・なんとか大丈夫です、ニアさん」

「その呼び方は他人行儀で私は好かん。皆にもばれたし・・・私のことは呼び捨てにしてほしいぞ」

「では・・・二、ニア?」

「なんだ、カザス・・・」

「照れくさいです、ニア・・・」

「ごほんごほん!」

「何堂々と全員の前でいちゃついているんだよ、バカップル。そういうのは夜にやりなさいっての」


 リサがわざとらしく咳ばらいをし、ユーティが2人の間に割って入り、ぐいと顔を引き離す。ニアはカザスをひったくった状態だったので、そのまま今度はニアがカザスを押し倒しかねない勢いだったからだ。

 2人はやっとその恥ずかしい状況に気付いたのか、慌てて離れて居住いを正す。


「若いっていいね」

「おばさんくさいよ、ミランダ」

「なんだってぇ?」

「な、何でもない!」

「アルフィ、それはKYというらしいですよ?」


 珍しくフェンナが突っ込みを入れてくる。どこでそんな言葉を覚えたのか。どんどん俗っぽくなるフェンナが心配なアルフィリースである。


「で。真面目な話、これからどうするんだアルフィ達は」


 エアリアルが食事を終えたのか、腕を組み真面目な表情で聞いている。だがそれは全員が同じ疑問だったので、アルフィリースの方を向き直った。


「そうね・・・あのデカブツの追撃が無いならいいんだけど、希望的観測でしかないわね。ならばやることは1つ」

「この草原を突っ切るか」


 全員が外を見る。勢いは衰えたとはいえ、まだ外には何本かの竜巻が見られるのだ。この中を突っ切るのは自殺行為にも見えたが、留まることもまた自殺行為に等しいのだ。だがアルフィリースにも全く目算が無いわけではない。


「エアリーなら突っ切れるんじゃない?」

「ああ、それは可能だ。だがシーカーの森までは本来ならここから直線距離で300kmくらいだが、途中に危険な地帯があったりで、なんだかんだと2日は通常かかる。それに竜巻を回り込むこと考慮すると、5日は見てほしいな」

「おいおい、じゃあ竜巻の中寝泊まりするのかい?」

「まさか。ちゃんと父上と我が作った避難所がある。そこを使うさ」

「じゃあ決まりね。食事がすんだら荷物をまとめてすぐに出発するわ。皆、準備を」


 アルフィリースの決断と共に、全員が準備をする。既に準備を終えていたアルフィリースはいち早く外に出るが、そこにミランダがやってくる。


「どしたのさ、アルフィ」

「ううん、なんでもない・・・」

「なんでもなくはないだろう。そんな顔をして」

「え?」


 アルフィリースは気が付いていなかったが、あまり良い顔色をしているとはいえなかったのだ。


「何を心配しているのさ」

「うん・・・もうすぐフェンナやエアリーとお別れなのかなとか思っちゃって」

「そうか、そうだね・・・まあ心配しなくていいわよ。私はずっと傍にいるから」

「リサもですよ」


 後ろからリサが出てくる。


「リサ」

「まあ永遠に、とは言いませんが、当分の間は大丈夫です。それに死ぬわけじゃありません。いつでも会いに来れますよ」

「と、いうことだ」

「そうよね・・・」


 だがアルフィリースは何かしら不安を禁じ得なかった。本当に別れてまた会えるのだろうか。そんな得体のしれない不安がアルフィリースの心中に渦巻いていた。


***


 そして一方でファランクスが魔法を使った現場である。魔術士の少年が魔法を打ち消したと言っていたが、果たしてその通り、既に大地は冷えて固まっていた。だが元々の土地は変形し、ファランクスが住んでいた岩山のような場所も、もはや溶けて原形をとどめていない。その場所に降り立つのは、魔法を使ってファランクスの炎を打ち消した少年本人である。


「よし、無事冷えて固まったか。思ったより速かったな。もっとも周辺部にまでは、まだ魔法も行き届いていないようだが」


 少年はふわりと大地に降り立つと、周囲に誰もいないことを確認する。実際彼の言うとおり、ファランクスが魔法を使った中心部では既に冷えて固まっているわけだが、まだ周辺部では炎上が続いていた。だがその事はあまり重要ではないのか、少年が気にかける様子はない。


「今のところ誰もいない、か。まあ炎があのまま燃えているのもまずかったからな。あのぶんじゃ地面を溶かして遺跡がむき出しになるところだった。まだこの遺跡を人目にさらすわけにはいかない・・・本来は1000年早い。だが、そうも言っていられないのが現状か」


 誰に語るでもなく、少年は呟く。


「さて、中はどうなっているかな」


 少年の姿が地面に沈む。地面の中では圧力もかかり、呼吸もできないはずだが少年が気にする様子は全くない。しばらくすると少年は地下にある洞穴にでる。ファランクスが封印したと言った、あの洞穴である。


「ここは・・・B4くらいか? まだ普通の洞穴だが・・・ん?」


 地響きと共に何かが少年の元に歩いてくる。しかも前後同時である。相当巨大な何かが歩いてくるようだが、少年は一向に動じない。


守護者ガーディアンか。まだこの遺跡を守っているとはご苦労なことだ」


 少年の目の前に現れたのは、体を銀白色に輝かせる竜。大きさはファランクスの倍もあろうか。鋭そうな爪に、尖った牙。人間では対抗できないほど強力な生物であるのは一目瞭然である。また背後から姿を現したのは、巨大な全身鎧づくめの巨人。これもまたギガンテスよりも大きい。両手には少年の倍をゆうに超すであろう刀身の大剣を持ち、その表情は覗えない。殺気すらも定かではないが、剣を既に抜き放っているところをみると、もはや戦闘態勢なのであろう。

 その2体が少年から一定の距離を取って止まる。戦闘態勢に入ったのは間違いないだろう。その距離がじりじりと詰まる。

 しかし少年は不敵に微笑み悠然と竜の方に歩くと、竜が迎え撃つため口を開きブレスを吐こうとする。その眼前で少年は少しも慌てる様子が無く、ゆっくりと竜に語りかけた。


「心配するな。私は敵ではない」


 そして少年が掌をかざすと竜は敵対行動を止め、少年をそのまま通した。


「ふむ、まだ命令を聞くのか。壊れていないようで何よりだ」


 少年は竜に一瞥をくれると、スタスタとその場を後にする。だがやがて歩くのは面倒だと思ったのか、またしても地面に潜り地下に向かうが、何層か潜ったところでそれ以上潜れなくなった。


「ここからは省略ができないのか。大人しく封印を探せということだな」


 そして少年は探索を開始する。手を胸の前で合わせ、ゆっくりと離すとその間に光の塊ができる。その塊が泡立つようにいくつかの小さな塊に分かれ、少年の周りをゆっくりと回り始めた。


「よし・・・行け」


 少年の言葉と同時に、光が散っていく。その後しばらく少年はそのまま立ち止まっていたが、やがて光の一つが何かに反応したのを感じ取る。


「見つけたか・・・」


 と一人ごちると、浮遊の魔術を使って高速で動き始めた。そのまま何km移動したのか。少年はギガンテスでも通るのかといわんばかりの、巨大な扉の前に立っていた。しばらく扉を調べていた少年だが、開けても問題ないと判断したのか、自分の3倍はありそうな扉を軽々と押し開ける。

 扉が開かれた先の間は、これまでの洞窟とは全く様相が異なっており、土に見える壁から一気に水晶の壁へと変わっていた。水晶は少年の姿を反射する鏡のようだが、どこからか光が発せられているのか、部屋全体が明るかった。

 地面まで水晶のその部屋を、ゆっくりと歩む少年。彼が部屋の中ほどまで進むと、突然どこからともなく声がした。


「侵入者を確認。この部屋を隔離後、排除します」

「1番から3番までの召喚陣を起動」


 突然水晶の壁が一部引き下がり、現れた空間に召喚陣が浮き上がる。そこから出てこようとしている魔物は、異常に強力であることが素人でも分かるほどの殺気。だが少年が、


「停まれ」


 と一喝しただけで、魔法陣は一斉に起動を止めてしまった。そして奥にある扉まで一気に突き進む少年。


「無駄な戦いはしないですんだか。私は戦いが嫌いだからな、何よりだ」


 少年は扉を見上げる。そこには見たこともないような複雑な魔法陣が描かれている。そして扉がある壁の水晶は様相が他の壁と異なっており、透き通ってむこうが見えている。少年が壁に触れようとすると、ばちりとその手が弾かれた。


「ここの封印は順調に起動、と。ここから先は封印を解かないと先に進めないが、この向うにいる魔物を解放するのはまずいな・・・」


 扉の向こうには何体もの魔物が徘徊している。種属はそれぞれバラバラなのだが、争う様子は一切ない。その姿は不気味極まりなく、頭がいくつもある巨人、天井を這いずる巨大なナメクジのような軟体生物、体全てが金属のような蜘蛛のような生き物など、一般には知られていない生物ばかりである。

 だが向こうからはこちらが見えないのか、全く少年を気にかける様子は無い。


「ふむ、どうするか・・・中に入りたいのは山々だが、まだそこまでしなくともよいか。だがここに人間が近づかないようにする措置は必要だな。仕方ない、地上に戻るか」


 少年はそれだけ言うとあっさりと身をひるがえし、その場を後にする。部屋は再び静寂に包まれ、ただ徘徊する魔物を水槽の中の出来事のように映す水晶が残るのみだった。



続く


次回投稿は2/1(火)18:00です。

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