快楽の街、その94~押し寄せる悪意②~
「ケルベロス。お前、どうやってここまで来た? 途中には人間の要塞がいくつもあるはずだぞ?」
「抜け道があるんだべ。人間は通らない悪路を相当な強行軍で突破してみたら、なんとかなったべ。魔獣はおらが睨めばだいたいいなくなるし・・・あ、途中地竜の群れがいたから1万くらい脱落したけども、なんとか突破はできたべな」
「竜の巣を通ったのか・・・てか、通れたのか、あそこ。そりゃあ誰も思いつかんわ」
グンツは呆れた。確かにそう呼ばれる危険地帯があるが、あまりに魔獣が多く、また知性を失った竜の死に場所として複数種類の竜が群れているという場所があった。その中を通る道は廃れていて、確かに人は近づかない。だが、全滅覚悟でなくては万の軍隊といえど通ることは不可能だった。まさかそこを抜けてくるとは。疲弊しても当然だ。
むしろよく抜けてきたと、グンツはオークたちを褒めても良いくらいの心境になった。リディルは重ねて問う。
「どうやって抜けた?」
「ポチの鼻頼りだべ」
「わんっ!」
「ふむ・・・よくオークたちが逃げなかったな?」
「ターラムに行ったら好きなだけ女を抱かして略奪をさせてやるって言ったら、みんな目をきらきらさせてついてきたべ。ローマンズランドにはアノーマリーの野郎が集めたオークがあふれているから、その中から活きのいいのを集めてここまで来たべよ」
「あー、そりゃあ確かにオークならではだな」
「だけんど、途中逃げ出そうとした不埒者はオラ達が捻り潰したし、竜も何体か血祭りにあげたら、素直にオラの言うことは聞いたべ?」
「竜を・・・」
そんなにケルベロスは強かったのか、とグンツは言いかけてやめた。ケルベロスが見た目より侮れないのを、グンツは知っている。オークは格下の言うことは絶対に聞かない。彼らが崇めるのは同種の王と呼ばれる亜種か、圧倒的に強い者と決まっている。尊敬はされておらずとも、ケルベロスは強さだけは認められているということだ。
リディルはケルベロスにあといくつか質問をしていた。
「・・・ふむ、では敵が出てきたら応戦しろと言われている?」
「そうだべ。ターラムの中は迷路みたいになっているから、無闇に突っ込むと分断されて各個撃破されるらしいべ。やるなら外で戦うのがいいだろうってことだぁ。それまでは街道を塞いでろって言われているんだべ。
だが3日待って何も動きがなければ、攻めていいって言われているべ」
「3日」
グンツはその指示を不可解だと思った。それでは万の兵を失って奇襲を行える状況にした意味がない。やるなら今、夜襲をした方がよほど効率的だ。ターラムの街の様子を知っているなら、常備兵としての自警団が千人にも満たないことは誰でも知っていることだ。いかに街中で分断しようと、千人では数万の兵士は倒せない。
そしてグンツは一つの考えに行きついた。これは捨て駒だ。理由はわからないが、こいつらは捨て駒にされたのだと。食料もろくになく、後方からの支援もない。決死隊のようだが、そもそも忠誠心のないオークには意味がないし、敗北は火を見るよりも明らかだ。どうやらリディルも同じことを考えたのは目を見ればわかったが、リディルはそれよりも一つの思い付きがあった。
「ケルベロス。もしターラムの中を案内できるとしたら、どうする?」
「む・・・そりゃあ便利だども、作戦を変えるわけにはいかねぇな。こういうのは、『規律が大事』っていうべ」
「似合わねー」
「ほっとくべ!」
「それはいいとして・・・なるほど。なら一部の兵だけでも俺に貸してくれないか? それなら違反したことにならないだろう? それで上手く行ったらお前の手柄、負けても途中で脱落したことにすればいい。どうだろう?」
「・・・ふむ、悪くねぇ取引だな。リディル、お主も悪よのぅ」
「いえいえ、ケルベロス殿こそ」
「どんな茶番だ」
ぐふふ、と笑うリディルとケルベロスをグンツは揶揄したが、リディルの目が笑っていないことは知っていた。もしオークの寄せ手があれば、ゼムスはその立場上出ざるをえない。しらばっくれても、もうゼムスがターラムにいることは噂が広まっているだろうし、ギルドに情報が届けば強制召集される可能性もある。それすら断ってしまえば、勇者としての責務を放棄したことになる。
なんだ、まだ楽しめるのかとグンツは考えた。これならもう少しとどまって事の顛末を見物してもいいかと、グンツは考え始めていた。それなら一度ターラムに戻り、リビードゥのところにしけこむのも一つの手かと考えたのだ。もっとも、悪霊すら抱こうという発想がもはや人間ではないというのは、誰も指摘のしようがなかった。
***
「やあ、ゼムス」
「・・・策士か」
一方でゼムスの場所には策士からの使い魔が訪れていた。ゼムスはリディルを振り切ると、その足でターラムの隠れ家の一つに向かった。この日だけはこの場所に来るように、策士からの指示があったからだ。
ゼムスは基本的に自分の考えで動くが、策士と賢者の意見にだけは従うこともあった。特に、策士が指示をするときには必ずと言っていいほど後が面白くなるからだ。楽しいことは望むところだ。
ゼムスは隠れ家で、窓際に座る猫の姿をした使い魔と対峙していた。
「今度はどんな悪だくみだ? それなりに俺は楽しんでいるところなのだが」
「戦略と言ってほしいね、あるいは計画と。今はローマンズランドにいるんだけどね。いつものように君の名声を上げるための行為の一つだよ」
「ほう。聞かせてもらおう」
「オークの軍隊をターラムに派遣した。おそらくは数万規模が残っている。それを撃退するといい」
策士の言葉に、ゼムスの眉がぴくりと動いた。
「簡単に言ってくれる。ダート、アナーセス、エネーマ、それにヤトリとバンドラスの手勢をすべて集めても、さすがに万の軍隊を相手にできん」
「いやー、どうかな? それに、相手にするのは万の軍隊ではないよ。せいぜい数千かな?」
「ふむ。聞こう」
ゼムスは策士の言葉に、おとなしく計画を聞くことにした。
続く
次回投稿は、5/17(火)21:00です。