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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その92~剣の風②~

「・・・まあいいか、もう時効だろう。ドライアンは当時には珍しい、大陸をまたにかけた獣人の武者修行をやっている。今よりも偏見が厳しい時代のことだ。グルーザルドや諸国の管理下にない場所を歩くのは、それなりに勇気が必要だった。なにせ人間なら簡単に手に入る情報や物品も、俺たちには入手困難だ。時には嘘を教えられ、時には法外な値段で食物を売りつけられ、街にいたっては門前払いされたこともある。

 いろんなところを巡ったぜぇ? 大草原、沼地、雪国、西側諸国の火山帯、東の大陸にもちょっと行ったな。船が難破して最後は泳いだが、どでかい海獣に喰われそうになったりした。いやー、焦った焦った。ドライアンも真っ青になって傑作だったな」

「あんたたちが無計画なだけでしょ?」

「うるせえ。ともかくよ、旅に同行したのは奴のツレ10人足らずだ。俺たちは全員が軍の同期でな。特に俺とドライアンと、後数名はガキの頃からの腐れ縁だ。俺たちの共通点はゴーラの爺に師事したことか。全員強かったぜ? 今の獣将たちよりは遥かに強かった。当時の俺たちでカプルのおっさんからは一本取れたしな。全員がそのくらい強くて、ドライアンはかなり大人しい方だった。俺たちは毎日のように体が動かなくなるまで手合せをしていたが、ドライアンは組手はそこそこに、人間社会の書物を木陰で読み漁るような奴だった。俺たちは変わり者だと思っていたよ。だが不思議と物事の決定は奴が行っていた。奴の判断は間違いがないと、誰もが信頼していたんだろうな。その頃から他人を率いる資質はあったのさ。

 奴が人間社会を見てみたいって言うから、俺たちは軍を一時離脱して人間社会を見て歩くことにしたのさ。俺たちの名前が軍に残ってねぇだろ? 当時の俺たちはまだ10人長だったからな。個人の強さはあったが、軍での貢献はまだなかったから、一旦除籍扱いになったはずだ」

「なるほど」

「戦争も当時は少なかったしな。そこで俺たちは冒険をした。途中で人間が仲間になったり、他の種族が仲間になったり――ドライアンは吸血種の王と組手もしてたな。ありゃあ強かった。なんでもゴーラ爺とも互角に戦えるとかなんとか言っていたが、納得の強さだった。ああ、アルネリアの巡礼の女とも旅したな。あの女美人だったな――まだこのターラムですらあれ以上の女は見ない。他種族の女なのに、思わず見惚れたもんだ。あれで一桁の番手の強さだってんだから、天は一物も二物も与えるもんだ。生きてりゃばあさんだろうが、どうなったかな」


 ケイマンが昔を思い出すようにしたが、鼻の下が伸びていたので、その瞬間ロザンナがケイマンの足を踏んづけた。飛び上がらんばかりに痛がるケイマン。どうやら、このふたりはそういう関係なのかと、セイトは納得した。


「ま、まあ詳しいことは省くが、その中で俺たちの運命を決定づけた連中と出会った。その一つがアルマス。戦争を裏から操っている連中だ。当時から獣人の世界も小競り合いが絶えなかった。その原因がアルマスなんじゃないかと考えた俺たちは、アルマスと何度もやりあった。当然番号付と言われるアルマスの精鋭とも戦ったぜ? そして俺たちはウィスパーの野郎と思しき奴とも話したんだ」

「ウィスパー? 聞いた話ではアルマスを裏から操っているらしいが、そんなに前から生きているのか?」

「どうだかな。だがウィスパーの本音を聞いたのは獣人では俺たちだけかもしれん。どこまで本当かは知らないが、奴が言うには――人間の世界には起こしてはならん奴が二人いるということだった。生き延びた大魔王がそれなりに活動を休止する今、人間世界の秩序は『どうでもいい』適度な小競り合いで保たれているんだと。その言葉を聞いたドライアンは見たこともないくらい怒ったぜ? どうでもいい小競り合いで死ぬ人間や獣人を見たことがあるのかとな。

 そうしたらウィスパーは言ったんだ。お前達は正義感がありすぎる、きっと『あれ』に目を付けられると。現在の歴史の流れを大きく変えることは、『あれ』が許さないと言っていた。獣人たちはこちらに出てくるべきではないと。

 『あれ』が何かは言わなかった。ただウィスパーは戦場に長らく関わり、不思議な出来事をいくつも見たそうだ。制御不能な戦争が起こり、必要以上の犠牲者が出そうになると、その戦争を『強制的に終了させる存在』が出てくるのだと」

「強制的に? なんだそれは?」


 セイトの問いかけにケイマンは冷静に答えた。


「一人は『銀の継承者』と言っていた。こちらは定期的に代替わりするらしいが、誰が出てきたとしても、軍の一個師団を投入してすら無駄だと言っていた。もう一人に関しては奴も詳しくは知らないそうだ。だが自分の役目は、それを倒せる人間を探し、育てることだと言っていたな。いつかそれを倒せる組織を作ると言っていた。だがそれが出てきたら最後、現時点ではどんな戦力を投入しても無駄だと奴は言っていた。俺たちはとんだ言い訳だと思っていた。そしてその場にいた番号付――当時の一桁番号を全員始末し、アルマスを壊滅一歩手前にまで追い込んだんだ。

 ――そして、知った。その晩俺たちは明日の戦いに備えて休息をとっていた。見張りをしていたガウロンの首が転がってきて――そこから先は俺も覚えていない。左腕と左脚はその時に失った。戦う暇すらもなかった。獣将級の俺たちが――何もできなかった。生き残ったのは俺と、ドライアンだけだったはずだ」

「どうして、二人だけ」

「さてな――だがドライアンは後に言った。おそらくは人間だった、少なくとも姿形は。だが、あまりに強すぎたと。それまで人間と考えていた種族とは、まるで根底が異なる相手だったと。なぜ自分を殺さないのかと問いかけると、『王の器にまだ死なれては困る』と答えられたと言っていた。その相手は、ドライアンがやがてグルーザルドの王になると考えていたんだろうな。ドライアンも顔を見た以上は死を覚悟したらしいが、そういう理由で死なずにすんだと。俺はわけもわからないまま昏倒したのがよかったのか、生かされた理由はそれだけだろうな。

 果たして、生き延びた俺たちはグルーザルドに帰った。だが四肢を失った俺に軍人として生きる道はなかった。日常生活すらままならなくなった俺は、ロザンナの姉を頼って人間社会に再び出た。奴なら俺の左腕、左脚になるものを作れるかと思ってな。そしてドライアンはグルーザルドに残り――狂ったような訓練のすえ、実力でのし上がって王にまでなった。ドライアンは大陸の裏に潜む、本当の脅威を見たんだ。そしてそれに備えられる国を作ろうとしている。お前達を人間の世界に派遣したのも、何かの足しにならないかと思ってのことだろうぜ。引き離して育てたのも、万一にでもあれにお前が目をつけられないためだろうな」

「そうか――そんなことが」


 セイトは唸った。まさかそんな意図があろうとは思っていなかったからだ。グルーザルドは王制ではないし、自分が王になろうと考えたことはなかったが、愛国心はある。一度王とは話してみたいと、今考え始めていた。

 だがふっと気になることが浮かんだので、ケイマンに問いかけてみた。


「だがそれだけ強い仲間だったのなら、噂位は残りそうだが? グルーザルドには強い戦士の墓に参り、その強さにあやかる習慣があるのだが」

「墓は死体か、本人の持ち物を入れる必要があるだろう? そうでなけりゃ、俺たちの魂は風と大地に還ったことになり、墓は作らない。それは今も常識だな?」

「そうだな」

「持ち物すら残らなかったのさ。完全に微塵にされたからな。まさか血を掬って持ち帰るわけにもいくまいよ」


 ケイマンの言葉に、セイトはぴくりと嫌な一言を覚えた。


「微塵だと?」

「ああ、微塵だ。どうやっているのかはしらねぇが、奴と戦った仲間は完全に粉微塵になった。俺の左腕と左脚もな。じゃなけりゃ、持って帰って魔術でくっつくかどうか試してみるさ。持ち帰ろうにも、仲間の持ち物すら何も残らなかった。念入りに持ち物までやられたからな。

 奴は自分が存在していることすら知られたくないようだった。後で人間のギルドにどれだけ問い合わせても、そんな奴の噂すらなかった。ただギルドの中でまことしやかに言われているのは、戦場に出て行った連中の何人かが、わけもなくいなくなることがあるそうだ。それらを妖精隠しだの、世界の歪みに落ちたのだの、中には空に連れ去られたのだの言う連中がいたな。だが、その噂で一番近いのは、戦場では時々剣の風が吹く時があるということだった。後には血の溜りだけが残ることがあるそうだ。中には血の溜りが人の形をしていることもあるそうだな。噂は百年も前からあるらしく、ギルドの酔っ払い共は戦場の怪談話として笑っていたが、俺たちだけはそれが真実だと知っていた。おそらくはウィスパーも。

 心底怖かったぜ? それだけの腕前の持ち主が、どこかに溶け込んで普通に暮らしている可能性もあるんだからな。この前の戦場でも出たそうだぜ? なんだっけ、クライアと・・・」

「ヴィーゼルの戦いか」

「おお、それそれ。そういやお前たちも行っていたのか? まさか遭遇してねぇだろうな?」

「していたら今頃生きていないだろう」

「そりゃそうだ」

「だが仲間はもしかすると――いや、今回遭遇したかもしれないな」

「はあ?」

「闘技場の現場検証で、魔王が暴れたのち、突然微塵になったとカサンドラが証言している。魔王の多くは崩れて死んでいくが、塵になって消えた個体はいない。それにカサンドラは、追っていた魔王を倒したのは、おそらく二人いたと告げている。ドライアン王すら恐れたその相手――今、ターラムにいるのではないか?」


 セイトの言葉に、ケイマンが酒瓶を落していた。だが場は沈黙し、誰も割れた酒瓶を気に留めようともしなかった。



続く

次回投稿は、5/13(金)22:00です。

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