快楽の街、その91~剣の風①~
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「・・・いかがわしい場所だな」
セイトが訪れたのは、闘技の時にケイマンに指定された酒場。そこでは半裸のような格好をした女の給仕が酒を持ち運びし、愛想を振りまいていた。その中でもひときわ目立つ、ミリウスの女。引き締まった青黒い体はミリウスという種族の特徴だが、その女は文句なしに美しかった。それほど女性の造形に興味を示さないセイトも、思わず身を固めて声をかけるのを躊躇うほどには。
そうするとセイトの視線に気付いたのか、女が振り返る。そうして手に持っていた酒をカウンターに置くと、セイトの首に手を回してふっと耳に息をかけた。
「200ペンド」
「は?」
「一発なら200、一晩なら500。もし、さらに上の特別なもてなしが欲しいのなら1000くれる?」
「いや、その・・・ケイマンにだな」
「あぁん? なんだ、そっちか。つまんないの」
明らかにケイマンの名を出すとつまらなさそうにした女性はセイトから離れると、顎と指でくいっと奥の部屋を指した。セイトは案内されるがまま、女の鋭い視線と舌打ちを背後に、なぜかいたたまれない気持ちで奥の部屋に入っていった。
そしてそこにはケイマンが一人で既に出来上がっているところだった。
「よう、来たか」
「なんだ、この場所は?」
「廓だよ。もっとも表向きは健全な酒場ってことになってるがな。青線ってやつだ」
「健全には見えない格好を全員がしていたが」
「健全な方だ、ターラムではな」
ケイマンがぐびりと酒を飲みながら、思い出したように酒瓶をセイトに差し出したが、セイトはそれを断った。
ケイマンは得たり、とばかりにニヤついている。
「俺の蹴りがきいてんのか?」
「酒はあまり好かん。お前の蹴りは二刻程度で回復している」
「けっ、かわいくねぇ。そんなところまで親父に似てんのな」
「やはり、知っているのか?」
「知るも何も、見る奴が見たら一目瞭然だろ。ドライアンの若い頃にそっくりだよ、お前。おい、ロザンナ! 酒だ、酒!」
「ちっ、たまには高い酒でも頼みなってんだ」
先ほどのミリウスの女が酒瓶をだん、と割れんばかりの勢いで置いた。どうやら馴染みではあるらしいが、あまり好感は抱いていないのか。あまりの勢いに思わずケイマンもおっかんびっくり酒を受け取った。
「んだよぉ、何怒ってんだ」
「怒りもするさ。あんたの頼みだからその義手と義足を3晩不眠不休で仕上げたんだ。それをたった一回の戦いでダメにした挙句、使いにくいなんてほざきやがって。使いにくいには当然だ、新しいの変えりゃ感覚が馴染むのには日にちがかかる。これだから獣人は」
「こいつは鍛冶屋も兼ねててな。モグリだが腕は確かだ。ドワーフにも負けやしねぇ」
「ドワーフ共が作る武器は古臭くて大味なものが多い。ミリ単位での精緻な動きを要求するような細かい作業は、アタシたちミリウスの方が数段上さ。ドワーフの連中の手はごついからね。その分持久力はあるし、力強い武器が打てるが。誰もそんなこと知りはしないがね」
いつの間にかロザンナも大きなジョッキになみなみと酒をつぎ、席に加わっていた。仕事はどうしたという疑問をセイトは飲み込んだが、どうやらケイマンにとっては身内のようなものらしい。
「で? こいつがドライアン王様のガキかい?」
「らしいぜ。まさかとは思ったが、グルーザルドからの連絡は確かだったようだな」
「どういうことだ? グルーザルドだと?」
「俺はアムール子飼いの諜報員だ。んでもって、ドライアンの元ツレだ。ガキの頃から一緒でな。幼馴染ってのか? ドライアンやその他数名と共に旅をしていたこともある」
「んでアタシの姉さんが、その時の仲間の一人。アタシもまだガキだったけど、旅には同行したことがあるのさ。親父さんから旅の時の話は聞いたことがないのかい?」
「・・・ない。それよりも俺は小さい頃から親父――王とは引き離されて育てられたから、あまり直接話したことがないんだ」
「ああ――そういうことか。やっぱりな、ドライアンの奴、いまだにひきずってんのか」
ケイマンがぐびりと酒を煽った。セイトはどういうことかと問いかける。
「それより気になることを言っていたな? アムール殿の諜報員だと?」
「そうだ。お前は知らんかもしれんが、アムールを始めとするドライアンの諜報員は実に色々な場所に潜伏している。中には人間の協力者もいるくらいだ。アムール本人に何があろうが、その連絡網は機能しているのさ。今回、ドライアンのガキであるお前が人間世界に出ている部隊に入っていることを、獣将たちは知っている。遠征部隊の中に知っている奴はいないようだから、それとなく監視がつくように連絡が来ている。本当の意味で放置するほど、グルーザルドも放任主義ではないってことだな」
「しかし、そんな獣人がいれば気づきそうなものだが?」
「頭悪いな、お前。フェニクス商会の獣人たちはドライアンの耳であり目だ。どこにいても連中は商いをしているだろうが? お前たちの傭兵団にも一人いるだろ?」
「・・・なんと、ジェシアか」
「そういうこった」
ケイマンがにやりとした。セイトはちょっと信じられないといった様子だったが、どうやらこれは彼にとっては当然のことらしい。
「フェニクス商会は、元々獣人が人間世界に溶け込むための一つの手法だ。何代も前の王が考え付き、以後王の目となり耳となり、人間世界のことを獣人の世界に伝えてきた。ドライアンの代になってからはさらにその方針が強化されたってだけだ。
アムールはフェニクス商会で不十分な部分を埋めるための装置だ。よって、その行動はまた独立しているが、場合によってはフェニクス商会と連絡を密に取り合うこともある。じゃなけりゃ、あんなにすいすいと人間世界を動けるものかよ。
俺はちなみに、このへん一帯の責任者だ。もうターラムも長いからな。自分が間諜の類だなんて、自分でもすっかり忘れちまうくらいだ」
「たまにアタシが言わないと、本当に忘れているからね」
「闘技も気に入っているしな。だが一つ気になっていることがある。アムールは立場の上では俺の上司に当たるわけだが、奴からの連絡がない。最近グルーザルドとのやり取りはあまり上手く行ってなくてな。あのオカマ野郎に何があった?」
「・・・実は」
アムールがウィスパーに洗脳されており、捕まったことを示した。その言葉にケイマンが唸った。
「・・・なるほどな。アムールの奴も人間世界に出ていたからな。どこかで奴に接触しちまったのか。不運というか、やはり恐ろしいな人間は」
「人間が恐ろしい?」
「おうともよ。ドライアンもその恐ろしさをよく知っている。ウィスパーのことも、それ以外の人間の闇も。奴は頭がキれる、俺たちよりも何倍もな。だから奴は人間世界を警戒し、自ら王になった。それまでは王っていう立場なんざ何の興味もなかったんだが」
ケイマンに言葉にセイトは興味をひかれた。いつの間にか体が乗り出しかけている。
「聞いてもいいだろうか、王のことを」
「んん~どうすっかな・・・」
ケイマンはちょっと渋い顔をした後で、躊躇いがちに口を開いた。
続く
次回投稿は、5/11(水)22:00です。