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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
1255/2685

快楽の街、その90~傷痕①~

***


「リリアム、ちょっといいか?」

「私もあなたに話があるのよ、カサンドラ」


 アルフィリースたちと闘技場内の残党を掃討し、後処理を行ったターラムの自警団内でのこと。アルフィリースたちと話したいこともあったが、それよりも観客への対応と、その安全確認が優先と判断したリリアム。そのために割かないといけない人手と、また指示を飛ばすことでリリアムとカサンドラの手はいっぱいとなり、どのみち彼らと話し合う時間などは取れそうにもなかった。指揮系統が細分化されておらず、リリアムとカサンドラの能力に頼ることが多い組織ゆえ、こういうことも起きる。

 そのためリリアムたちは一度アルフィリースを宿に返し、翌朝使いを出すこととした。観客の中に犠牲者はおらず、怪我人程度で済んだのは明らかにイェーガーの対応が素晴らしかったからで、リリアムたちはそのことを素直に認めざるをえなかった。自警団だけでは、犠牲者は避けられない事態となっていたことがわからぬほど意地を張っているわけではない。それでも全ての処理を終えたのは、夜半になってからであった。

 リリアムは私邸ではなく、闘技場内に設けた臨時の詰め所にいた。その場で幹部の何名かと、カサンドラを交えて打ち合わせしていた。本日中にできることを全て済ませ、幹部連中を解放すると、リリアムとカサンドラは互いに話したいことがあるとばかりに、同時に声をかけたのである。


「先にいいわよ、カサンドラ」

「・・・多分、同じ要件だと思うんだが」

「え? どういうことかしら」


 リリアムは予想外の言葉をカサンドラから聞いた。カサンドラはためらいがちながらも、慎重に言葉を選びながら、リリアムに質問していた。


「リリアム、答えにくいことだとは思うんだが、大事なことだと思う。詳しく答えてほしい。リリアムが裏闘技場を抜けた時の一件はおおよそ聞いている。当時裏闘技場を仕切っていた連中が、集団でお前をはめてその――マワした。それで合ってるか?」

「――ええ、合っているわ」

「んで、その行為に関わった連中を全て殺した。そうなのか?」

「その通りよ」

「本当に、全員殺したか?」


 カサンドラの質問に、リリアムがぴくりと反応した。そしてリリアムが考え、長い沈黙の後に、重い口を開いた。


「確認するわ。その質問は重要なことなのね?」

「ああ、重要なことだ」

「そうね――男は確実にこの手で全員殺したわ。でも、女は生きているかもしれない」

「どういうことだ?」

「私を拷問した女がいたわ。私は裏闘技場でも見たことのない女だったけど、どうやらターラムには調教を生業とする者がいるのですって。頼まれれば獣でも魔獣でも、人間でも。私はそいつに三日三晩拷問を受けた。顔は知らない、仮面をつけていたし、多分口調から女ということをおぼろげに覚えているだけ。薬を嗅がされていたのか、意識も朦朧としていたしね。ただ、妙に強い香料の匂いと象徴的な仮面だけが鼻に残ったわ。

 解放されて私が復讐に走り、男たちが群れているところに押し入った時、男たちが何人かの奴隷女で楽しんでいる場面に遭遇したわ。だが男たちは粗悪な薬でラリってて、正常な判断がつかない状態だった。その場にいた女たちは人間として扱われておらず、殺されながら犯されていた。その中に、同じ仮面をした女が死んでいたわ。

 男たちは話が通じる状態じゃあなかったし、私はそれで私を拷問した女が死んだと思ったけど、確かに仮面しか確認していないわね。その下の顔も見たことがないし。それがどうかしたの?」

「・・・あのな。アタイもかつて裏闘技場で、お前と同じ仕打ちを受けたことがある」

「え?」


 予想外の告白に、思わずリリアムも意表をつかれた。そういえばカサンドラの過去はほとんど知らない。このターラムで長らく自警団の長であったことと、かつては剣奴であったことくらいか。いつでも豪快に笑っているし、暗い過去とは無縁かと思っていたが、意外な一面を知って驚きを隠せないリリアム。

 カサンドラは続けて話した。


「アタイも調子に乗ってた時代があってな。裏闘技場で無敗だった。アタイの場合は自分で闘技場に参加したクチだが、自分で自分に賭けて大儲けしていた。それがここを仕切っていた連中には気に喰わなかったらしい。ちっと勝ちすぎて、儲け過ぎたんだよな。

 アタイは闘技という名の制裁を受けた。そりゃあしつこかったぜ? アタイが泣いて土下座して詫び入れるまで続いたからな。解放された時には自分の足で立てないくらい衰弱してた。その時、アタイをとことんまで責めたのがその仮面の調教師だ。アタイの時も女だった」

「それが? 別段女の調教師がいないわけじゃないでしょう?」

「アタイとお前をやった奴が同じでもか? 50年近く年月が経っているんだぞ?」


 カサンドラの指摘にリリアムが訝しんだ。その可能性は考えていなかったからだ。


「どうしてそう思うの?」

「お前を拷問した連中は闘技場の世界でも問題になった。いかに快楽の街ターラムでも規律は必要だ。お前をはめた連中は、正直ターラムでさえ鼻つまみ者だった。だから、お前をやっちまった時点でアタイたちは奴らを追い出す算段をしていたのさ。ただ、アタイたちが正攻法でやろうと証拠を固めているうちに、お前が全部殺しちまったがね。

 その時、お前を問していた場所の現場を見た。その場の床にあった鞭の跡――アタイの時とおんなじなんだよ」

「なんですって? でも、どうして今それを?」

「――思い出したんだよ、さっきの魔王が死んだ場所でな。地面にあった鞭の跡、それが同じなんだ。もちろん気のせいかもしれない、だからってどうなるもんでもないかもしれない。だが、むかつくじゃないか? もし同じ奴だとしたら――ターラムの悲劇は何人かの手によって作られてきたってことになる。

 何人泣いたと思う? アタイはそんな連中を作りたくなくて自警団に――」

「もういいわ、カサンドラ。わかったから」


 その瞬間、ざわりとアルフィリースと戦っている時以上の殺気がリリアムから立ち上った。だが今度はカサンドラも怯えはしない。自分も同じ気持ちだったからだ。

 リリアムとカサンドラは今後どうするべきか、夜遅くまで話し合った。そうして、一つの結論に達した。そしてターラムすら寝静まる夜半、その知らせは突然やってきた。ターラムの外周部を警護する自警団員から、大慌てで伝令が飛んできた。


「大変です、リリアムさん!」

「夜分に騒々しいわ。何事かしら」

「た、た、た」

「た?」

「大軍がターラムの北に突然出現しました! その数およそ数万! こちらに向けて進軍してきています!」



続く

次回投稿は、5/9(火)22:00です。

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