嵐の後、その1~恋は力ずく?~
揺蕩う意識が闇から引き戻され、アルフィリースはゆっくりと覚醒する。非常に嫌な夢を見ていた気がするが、思い出せない。彼女は誰にも言わなかったが、魔術の才能に目覚めてからは夢見の良い夜などアルフィリースにはほとんどなかった。彼女が茫とする意識と視線をまとめると、目の前にはエアリアルの心配そうな顔があった。
「ん・・・どうしたの、エアリー?」
「いや、アルフィがうなされていたようだから」
「私、何か口走ってた?」
「いや、何も」
「そう、ならいいわ」
アルフィリースがため息交じりにゆっくりと体を起こす。実は寝言を言っていたのだが、エアリアルにはあまりよく聞き取れなかったし、また意味もよくわからなかった。エアリアルは彼女なりに気を使い、アルフィリースが自分から話すまで触れないことを決め、自分の胸の中にとどめておくことにした。
「うわ、寝汗がひどい」
「我もだ。ここは風通しがあまり良くないし、今は夏だからな。大草原は涼しいから忘れがちだが」
「ちょっと着替えるわ」
「我もそうする」
2人は荷物から着替えを取り出し服を脱ぎ始めるが、アルフィリースはエアリアルの体を見てぎょっとした。彼女の体は凄まじく傷だらけで、まるで50年も戦場をかけた歴戦の勇者のような体だった。
「エアリー、その傷は」
「ああ、これはファランクス父上に昔戦いを挑んだ時についたものだ。訓練や、その他の戦いでついたものも多いがな」
「女の子の体なのに・・・」
「女かどうかが関係あるのか?」
痛々しそうにエアリアルの体を見るアルフィリースに、エアリアルは不思議そうな顔をする。戦士であるエアリアルに傷は勲章でありこそすれ、その他の意味はなかった。
「ええ、一般的には関係あるわよ。嫁入り前には女の子の体には、傷がついてない方がいいのよ」
「そうなのか? だが我は戦士だからな。毎日が戦いだったし、そんなことに気を使う余裕はなかった。それに・・・」
「それに?」
「今やこの傷が父上の唯一の形見だ」
エアリアルは泣きそうな表情で体をかき抱いた。その様子を見て思わず背後からエアリアルを引き寄せて抱くアルフィリース。
「そんな悲しいこと言わないでよ」
「だが事実だ。これから我は1人でこの大草原を守らなくてはいけない。アルフィは行ってしまうのだろう?」
「ええ、フェンナを送り届けたら、行かないといけないところがあるわ」
「そうか・・・」
エアリアルはそれから黙ってしまい、アルフィリースもまた言葉を失くしていた。だがアルフィリースがゆっくりとエアリアルに囁く。
「ファランクスが残したものはその傷だけじゃないよ」
「え・・・?」
エアリアルはその言葉が余程意外だったのか、くるりとアルフィリースの腕の中で振り返る。
「父上は・・・何を残してくれた?」
「エアリー自身もそうだし、私達も彼に生かされたわ。色んな事も教えてもらったし・・・大草原自体も彼が残した物なんじゃないかな?」
「大草原全部が父上の形見・・・」
「それに月並みな言葉かもしれないけど、思い出はいつまでも死なないわ。物としては残らなくても、心にはいつまでもファランクスが残してくれたものがあるはずよ。違う?」
「それは・・・」
エアリアルはファランクスとの出会いから思い出していた。確かにこの何年間はファランクスとの思い出ばかりだ。それら全てがファランクスの残したもの。簡単には納得できはしなかったが、エアリアルは少し癒された気がした。
「確かに・・・そうかもしれないな」
「でしょう? だから元気を出して」
「うん・・・アルフィはなんだか我の姉みたいだな」
「だったら『お姉さま』って呼んでもいいのよ?」
「ふふふ」
アルフィリースが悪戯っぽく言ってみせたので、エアリアルは思わず笑ってしまった。2人はそのまま体を放すと着替えを終えたが、エアリアルは気になったことをアルフィリースに質問してみた。
「ところでアルフィ」
「なあに?」
「嫁入り前の女性は体に傷があると結婚できないのか?」
「そんなことはないけど、気にする人はいるかもね。私だってよく知らなくて、通説がそうなだけよ」
「そうか・・・それは困るな」
「どうして?」
「いや、我は外の世界の基準に照らし合わせれば大人だし・・・我の母上も17で結婚し、19で私を産んだと言っていた。だから我もそろそろ夫になるべき男を探さないといけないと思ってな」
「え?」
思いのほか真剣に悩むエアリアルを、不思議そうに見つめるアルフィリース。
「そりゃ貴族とかはそういう慣習もあるらしいけど・・・エアリーにはまだ早いんじゃない?」
「そうか? 我の一族は女が成人になると、子どもを産まないといけないからな。その年の強い戦士何人かに引き合わされる」
「それで?」
「まあ一番強い戦士から順に引き合わされるんだが・・・大抵はその場で抱かれるな」
「ぶっ!」
アルフィリースは思わず吹き出してしまった。エアリアルが余りにも平然と語った内容がアルフィリースの予想の斜め上をゆうに超えたせいだ。ちゃんと告白してからお付き合いし、手をつなぐところから始めようと思っているアルフィリースには刺激の強い内容だった。
「えーっと」
「何か変か? 部族では強い男の種を皆欲しがる。強い子孫を残さないと部族が滅びるからな。だから強い戦士はその気なら部族中の女を自分のものにできる。だがそこまですると他の男の恨みを買うし、本人の体力もあるから実際は多くても囲う女は5人というところか。我の本当の父上は珍しい人物で、母上のみしか傍におかなかったそうだ。もっとも2人は成人前から言い交わした仲だったようだが」
「そ、そう・・・」
エアリアルの思わぬ言葉に、アルフィリースはどう答えてよいのかわからない。
「まあそんな例は珍しいから、大抵は女は成人を迎えると何人かの男の元を巡ることになる。それで男に気に入られれば、その手元に置かれるのが通常だ」
「それって、余りにも女の子の気持ちを無視してない?」
「そうでもないぞ。女でも部族で強ければ、自分より弱い男の誘いは断れる。だから母上は鍛錬したと言っていたな。なんでも、当時部族で一番強い男が凄まじくひどい奴だったとかなんとか。父上も母上を守るために必死で強くなったんだそうだ。まあわかりやすい掟ではあるな」
「うーん・・・」
アルフィリースが考えたことも無い世界の話だったので、同意しにくかった。仮に自分が部族の女で、ダンダみたいな面構えの男が一番強かったとすると、自分はどうするのだろうかと考える。そこで負けた時のことを考えると、アルフィリースは思わず身震いしてしまった。もっともダンダには失礼なことではあったろうが。
***
「と、言うわけでカザス。我を抱く気はないか?」
「ぶふっ!」
その場にいた全員が噴き出した。全員で簡単な朝食を取っていたのだが、突然カザスに自分を抱けとエアリアルが切り出したのである。
これはさすがのユーティやミランダにも刺激が強かったようで、2人とも喉に干し肉を詰まらせ胸を叩いている。リサでさえ、口に含んだ水を吹いてしまった。いわんやカザスをや。ニアにいたっては後ろにひっくり返っていた。
平然としているのはエアリアルただ1人。
「どうした? 我では不満か?」
「いや、そういう問題ではなくてですね」
「ならどういう問題だ?」
「え、えと、私なんかちんちくりんだと、よく女性にも馬鹿にされるような男ですよ? エアリアルさんの方が不満なのではないのですか?」
「全く問題ない。むしろそいつらは見る目が無いのだろう。たしかに肉体的な強さとしては、カザスには見所は無いが」
「はあ・・・」
大草原育ちのエアリアルは、言葉を飾るということを知らない。さしものカザスも勢いに押し切られる。
「その分カザスは頭が良い。それに努力家で学ぶことに貪欲だ。肉体的な強さは我が補うとして、これからは強いだけでは生きていけないからな。やはり頭の良さも必要だ」
「はあ・・・まあ理由は分かりましたが。それにしてもこ、こんなところで言わなくても」
カザスが慌てふためいているなど、非常に珍しい光景かもしれない。その横で、ニアがどんどん真っ青になっていくのは誰の目にも入っていない。
「別に我は人目など気にしない。なんならこの場で抱かれてもいいぞ?」
「私が気にします!」
「そうなのか? 都会の人間は面倒くさいな・・・草原では隠れるようなところはないから、気分が盛り上がればその場で皆始めるのだが」
「な、な・・・」
何がおかしいのかと言いたげに首をかしげるエアリアルに、顔まで真っ赤にするカザス。さらに真っ青になるニア。あまりの展開に全く頭がついていかない他の仲間達。その中でゆっくりとエアリアルが立ちあがり、カザスに近づき、つつと傍に寄る。
「これ以上の言葉は不要だ・・・とりあえず文句は後で聞くことにしよう」
「え、え、え・・・ええ~!?」
「残念だが異論は認められない。草原では力関係が全てだからな・・・どうしても嫌なら、我を力づくでどかしてみるがいい」
ギガノトサウルスを仕留めるエアリアルをどうやって力づくでどかせというのかとカザスが反論する前に、エアリアルが甘い吐息をカザスにかけながら、全員の前で押し倒そうとする。まさかここで本当に始める気なのだろうか。カザスは完全に思考が停止してしまったのか、魂が口からはみ出ているようだった。だがそこに突然悲鳴が上がったのである。
続く
次回投稿は、1/30(日)15:00です。