快楽の街、その83~ターラムでの闘技場にて⑰~
「まさか私を指名するとはね。最初からそのつもりだったの?」
「そっちこそ、最初からそのつもりじゃなかったの? 見ているより、実際に剣を交えた方がよくわかるわ」
リリアムがふっと笑った。
「読まれていたのね。むろん、この団体戦で話にならないようでは、出張るつもりもなかったのだけど。それにしても、もっとひっそりとやるつもりだったわ。派手なのがお好みかしら?」
「ここなら逃げ隠れできないでしょう? せっかく良い結果を出しても、誰も証人がいないんじゃね。万一はぐらかされると、困るから。それに、私たちにとっても良い売り込みになるわ」
「過度な自信は身を滅ぼしますよ?」
「それは貴方も同じじゃないの? どうしてあんな恥ずかしい目にあって、まだ生きていられるんだか。あ、関係者を全員殺したからか」
アルフィリースのそっと耳元で囁いた言葉に、リリアムの表情が青ざめた。なぜ、という疑問が顔に浮かんでいる。だがアルフィリースはずけずけと続けた。さすがにこの話を仕入れた時にはアルフィリースですら駆け引きに使うことを躊躇ったが、どうしても掛け値なくリリアムを本気にさせる必要があった。本気のリリアムを組み伏せないと、意味がないと思ったのである。
それに、話に聞くだけでもリリアムの最大の強さは冷静さにあると考えていたので、戦う前には心理的に揺さぶっておきたかったのだ。いつも相手に不利な状況で、自分に有利な状況にもっていくのはアルフィリースの基本戦術でもある。
だが――この時ばかりは様子が違っていた。リリアムから、気配が一瞬で全て消えた。そして隣にいる女審判がこんなことを呟いたのだ。
「・・・この挑発は失敗ね。開始の合図をするけど、同時に逃げることをお勧めするわよ」
「はい?」
「『黒のリリアム』を本気にさせたわね? 組織ですら傍観を決め込んだ相手に、よくもまあ・・・呆れたわ。祈ってあげるわ、死なないようにね」
「ちょっと待った、それはどういう――」
「(集中しろ、来るぞ!)」
気になる言葉を発した女審判にアルフィリースが問い返そうとした直後、女審判は身軽に距離を取り、試合開始の合図をする。アルフィリースは油断していたわけではないが、直感に従ってリリアムに剣を打ち払う形で出した。同時に後方に飛んで身を躱す。手に軽い衝撃が一度走り、アルフィリースが持っていた木刀は弾かれるのではなく、宙で八つ裂きになった。
同じ木製の武器のはずなのに、まるで鋭利な刃物を使ったように、あるいは怪力で引きちぎったような破壊のされ方をした木刀を見て、アルフィリースに戦慄が走る。影の一言がなければ、死んでいたかもしれない。
そして影の声が焦っていた。
「(まいったな・・・)」
「何?」
「(これは人間業じゃない。現代になって突出した力を持つ人間は減ったと思っていたが、まだこんな剣士がいるのだな。私をもってしても、ほとんど見えなかった)」
「え?」
まさか、そんなことがあるのだろうか。影が目視できないほどの速度の攻撃? アルフィリースは信じられない気持ちでいっぱいだった。
「(会議の時の五回切り。あれは四本を別の方向から打ち出し、最後の一撃で最初の剣筋と寸分たがわぬところを通すという技だった。だから実は10個ではなく8個に割れたのだが、それが見切れるかどうか試したのだろう――だが、あれが全速ではなかったのだな。今の攻撃は、最低でも16回は攻撃されている。とんだ化け物だ)」
「そんなこと言われても、どうするのよ・・・私は自慢じゃないけど、全然見えなかったわよ?」
「(なんとかしろ。それより死ぬなよ? 相手はお前のことを殺す気でいるぞ? さっきの攻撃も木刀を咄嗟にだしていなければ、お前の頭が八つ裂きになっていただろう)」
「怖いこと言わないで!」
アルフィリースが思わず叫んだが、事実それどころではなかった。向うは同じ木製の武器でこんなことをやったのである。膂力にも相当な差がある。いや、それどころかカサンドラよりも力があるのかもしれない。
そして、気になることはもう一つ。影もアルフィリースも同じことを考えていた。
「ねえ、リリアムの黒髪って地毛なのよね。なら――」
「(ああ、何らかの魔術士、もしくは特殊な力を備えているということだな)」
「・・・本当に棄権するべきかしら」
「(それで許してもらえると思うか?)」
アルフィリースがちらりとリリアムを見ると、歪んだ武器を持ち替えに行ってた。しかも今度は武器が歪んでもよいように、複数の武器を準備している。アルフィリースの目論見通り本気になったらしい。ただ、その本気が想定の数段階上ではあった。
アルフィリースは選択肢を絞り込んだ。
「確かに、もう許してくださいってのは無理ね。なら、本気でやるしかないか」
「(呪印を使うのか?)」
「いえ、それはやめておくわ。呪印を解放したら、私がここに出たのは逆効果になるかもしれない。呪印を使わず、全開で対応するわ」
「(無理だと思ったら代わるからな? 私もこんなところでお前が死んでは意味がない)」
影の忠告を聞くまでもなく、アルフィリースは行動を開始した。リリアムが待ってくれるとは思えない。そしてアルフィリースは十分にリリアムと距離を取った状態で、地面に手をついていた。
続く
次回投稿は、4/27(水)10:00です。