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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その82~ターラムでの闘技場にて⑯~

 ロゼッタが祈るような心境で戦いを見守っていた。鬼のようなカサンドラの形相と、冷静なアルフィリースの表情。アルフィリースに構えに一瞬カサンドラが躊躇したが、すぐさま戦闘は再開される。アルフィリースを殺さんばかりの勢いで振り回される大刀を、アルフィリースはすんでのところでよけていた。観衆から声援とも悲鳴ともつかないが歓声が上がり、戦いの興奮はさらに混沌とする。

 だが見ているイェーガーの仲間は気が気ではない。当たれば間違いなく致命傷になる攻撃なのだ。しかもアルフィリースが格闘もできることは多くの者が知っていたが、それでも得意なうちには入らないだろう。よくニアと組み手をしては、投げ飛ばされるのを見ている。どうしてここで格闘を選択したのか、誰にも理解できなかった。

 そしてカサンドラは猛烈に攻め立てながら、怒りの割に冷静であった。どれほど怒ろうと、カサンドラが戦闘中に我を忘れることはない。カサンドラは見た目こそそれなりに若いが、戦士としては十分に円熟期であり、アルフィリースの一挙手一投足をじっくりと観察していた。そして、アルフィリースが一筋縄ではいかないことも、十分に承知していた。


「(この女・・・余裕がありやがる。格闘が苦手ってわけじゃなさそうだな)」


 カサンドラは常人であれば見切るのも不可能な速度で繰り返される剣を、平然と避けるアルフィリースに感心していた。しかも、避け方が徐々に際どくなっている。おそらく、最小限の動きで避けるためだろう。自分の剣が見切られ始めている証拠だった。

 だがカサンドラもさしたるもの。内心でその状況を笑うと、振り下ろす剣の起動をわずかに変えた。際どく躱すつもりなら、少々驚かせてやろう。鼻とそのデカい胸は削ぎ落されることになるかもしれないが、などと考えながら。

 だが軌道の変わったカサンドラの剣はアルフィリースに当たることなく、アルフィリースの体は一瞬にしてカサンドラの右側にあった。カサンドラが驚く暇もなくアルフィリースが捕まえたのは、カサンドラの右手の親指。べきり、と鈍い音がして、カサンドラの右手の親指が折れた。

 カサンドラは激痛を覚えたが、ひるむことなく左手に持ち替えて大剣を振るおうとするも、体の右側にいるアルフィリースには遠い。むしろアルフィリースは逃げるよりも、そのまま接近戦を挑んだ。左肘が右の肋骨を一つ折り、右拳で追い打ちするとさらに2本肋骨の折れる音がした。左足の蹴りが膝裏に入るとたまらず姿勢を崩したカサンドラの顔面に、右肘が入った。鼻の潰れる鈍い感覚。それでもなおも前に出るカサンドラの動きを、全てアルフィリースは想定していた。

 アルフィリースの右拳が、カサンドラの腹めがけて繰り出される。カサンドラはそれを見ながら、もらいながら前に出てアルフィリースを押し倒すつもりだった。体格差は歴然。組み伏せてしまえば、何もできないだろうと。だが予想と違ったのは、アルフィリースの拳が当たる直前に掌打に変わったこと。腹に掌打など効きはしないだろうとカサンドラが訝しんだ直後、カサンドラの体を凄まじい衝撃が貫いた。背中に突き抜けるだけではなく、体中の水分を無理矢理動かされるように駆け抜ける衝撃。カサンドラはたまらず全身を硬直させ、胃の中の物を全て逆流させていた。そして何をされたか、理解していたのだ。


「テメ・・・魔術を格闘に・・・」

「魔術を使っちゃダメなんて、一言も言われてないわよね?」


 アルフィリースの拳がカサンドラの顎を直撃する。そこから先は的を殴るかのように、一方的なアルフィリースの攻勢だった。アルフィリースの蹴りがカサンドラの左肘に入った段階で、カサンドラは剣を落してた。カサンドラがそれでもアルフィリースを掴もうと前進するが、アルフィリースは油断なく、的確にカサンドラを滅多打ちにしていった。

 そして徐々に血が吹き飛び、凄惨な光景になったころ、カサンドラがふらふらとして体勢を崩した。まだ審判は止めないのかとばかりにアルフィリースの拳がぴくりと反応して一度止まると、カサンドラの体がアルフィリースに預けられるようになった。


「っと」

「・・・ようやく捕まえたぞ?」


 突然、カサンドラの太い両腕がアルフィリースの体に回された。そのまま力づくでアルフィリースを締め上げようとするカサンドラ。カサンドラの怪力をもってすれば、そのまま締め上げて背骨を折ることも可能なはずだ。もちろん、カサンドラもそのつもりだった。だが当のアルフィリースには、随分と余裕があった。


「惜しい。もう少し余力がある時にそれができていれば」

「あぁ? 並みに人間の力じゃここからの挽回は無理だ!」

「力だけじゃね」


 カサンドラは異変を感じた。自分の肩関節あたりに添えられたアルフィリースの腕から、信じられない力を感じていた。体に回した腕を、力づくで外しているのだ。純粋な力勝負で負けたことのないカサンドラは、ありえないと言った顔でアルフィリースの方を見ていた。


「なんだこれ・・・これも魔術か?」

「想像にお任せするわ」


 カサンドラは両肩の関節が外れるのを感じた。そしてそのままアルフィリースはカサンドラの下に潜り込むと、担ぎ上げるようにしてカサンドラの巨体を持ち上げる。ざわめく観客に見せつけるように一度くるりと回り、そしてカサンドラに問いかけた。


「その首の強さなら大丈夫よね?」

「おい、何する気だ? テメ――」


 アルフィリースはそのままカサンドラを脳天から地面に叩き落とした。地響きと共に、カサンドラが白目をむき、その巨体がゆっくりと倒れて二度目の地響きとなった。審判が駆け寄りカサンドラが意識を失ったことを確認すると、手を交差させて戦闘不能を示した。

 観客がどよめく中、イェーガーの仲間は喜ぶよりも頭を抱えて呆れていた。


「素手でやっちまいやがった・・・なんだ、あの力は?」

「ついに女を捨てましたか。結婚して姓を変える前に、性を変えてくるとは。やりますね」

「だから阿保なことを言っている場合か。あんなの、魔術格闘に決まっているだろうが」

「だが、それにしても多様な種類の魔術を使っていた。風を使った移動、地の力の怪力、水の力を使った打撃。少なくとも三つまでは確認できたがねぇ」

「高等技術もいいところです。あそこまで格闘に魔術を使用できる人を聞いたことが・・・?」


 ラーナが感心し、審判がアルフィリースの手を挙げて勝利を宣告しようとした時、アルフィリースは木剣を取り上げて闘技場の観覧席を指した。そこにはリリアムがいることを知っているのだ。さらにざわめく観客。リリアムはもう闘技場を引退しており、その戦い方は伝説となっている。もちろん、今日も出番はないはず――だが、もしかして。その期待は徐々に伝播し、興奮へと変化する。観客がリリアムの名前を叫び始めるまで、そう時間はかからなかった。

 そしてしばらくして。リリアムが本当に闘技場に登場した時、興奮は最高潮になった。リリアムは軽く手を挙げて観衆に応えると、カサンドラを運びださせながら、アルフィリースの前に立ちはだかった。今度はリリアムの方がアルフィリースより頭一つ小さい。先ほどとは逆の図式となった。



続く

次回投稿は、4/25(月)10:00です。

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