快楽の街、その81~ターラムでの闘技場にて⑮~
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冷めかけた会場に、再度熱気が戻る。カサンドラが会場に出てきて、観客を盛り上げたせいだ。男の闘技者でも滅多に見ぬほどの怪力と巨躯を用い、素手で大イノシシをぶん投げた後、首を折った。動かなくなったイノシシをそのまま火であぶり、カサンドラは観客に振るまった。そして次々に出てくる獣を同じ方法で仕留め、カサンドラは観客を盛り上げていた。
どこかの娼館が始めた、『抱かれたい闘技者一位』に男を押さえて指名されたのが十年以上前。さすがに笑い話となってカサンドラも落ち込んだが、最近では吹っ切れたのか、傍に美しい娼姫を侍らせて闘技に臨むこともしばしばだった。元々、男も女もあまり構わない主義だからかもしれない。カサンドラは、自分が愛でるに値すると思った相手をとことん手元におきたがる。ただそれは猛獣にじゃれつかれるに等しいので、多くの者にはただ迷惑だったろう。
カサンドラは一汗かく程度に暖機運転を済ませ、観客が盛り上がったところでアルフィリースたちが出てくる通路を剣で指した。すると、そこからアルフィリースが登場したのだ。良い間で登場した長い黒髪の女剣士に、観客が十二分な盛り上がりを見せていた。
そして、さらにアルフィリースが外套を脱ぎ捨てると、そこにはなんと女闘技者がつけるような露出の多い姿があった。大盛り上がりする観客に、驚くイェーガーの面々。
「ア、アルフィ・・・なんてことを」
「こりゃあ・・・思い切ったな。露出度的には、アタシと大して変わんねぇぞ。それよりラーナ、涎を拭け」
「デカ女、ついに羞恥心を捨て去ることに成功しましたか。どうやら旅の最初からこのリサが鍛えた甲斐があったようです」
「阿保か、演出に決まっているだろうが。それにしてもいつの間に準備したんだかな」
「だが・・・アルフィリース、以前よりだいぶ引き締まった体をしているな。そこまで鍛錬の量を増やしている様子はなかったが、どうだ?」
ニアの意見に、確かに、と多くの者が頷いた。ラインが同調する。
「どうやらちょっと違うところを見せたいのは、あいつも同じらしいな。それに、なんだか楽しそうだった。早く戦いたいって顔してたぜ・・・どうした?」
「いえ、何も」
リサは一抹の不安に囚われていた。戦いたい、アルフィリースが? 彼女は不要な争いを避ける性格ではなかったか? 呪印に対しても最近は何も言わなくなった。ラーナが上手く調節しているといえばそれまでだが、これは何かの予兆だろうかと、リサが不安を覚えるのも無理はない。
そんな心配をよそに、カサンドラとアルフィリースは対峙していた。アルフィリースよりもさらに頭二つ以上大きいカサンドラは、完全にアルフィリースを見下ろしながら、その表情をじろじろと観察していた。アルフィリースはそのカサンドラを見て、ふっと笑っていた。
「随分とじろじろ見るのね。会うのは二度目でしょうに」
「いや、こうして身近で見ると、意外に見れた顔だと思ってな」
「やだ、そっちの気の人?」
「こんな体格じゃあ、まともな男は寄ってこなくってなぁ。元々男でも女でもどっちもイケるんだが・・・お前、お負けたらアタシのものにならないか?」
「ふう・・・私ってどうしてこんなのばっかり寄ってくるかなぁ」
アルフィリースは盛大にため息をつきながら、ちらりとカサンドラの武器を盗み見た。木剣だが大刀。対するは、アルフィリースは普通の木剣を二本。当たれば木剣を二本まとめてへし折られるだけでなく、体もごと粉砕されるだろう。木剣どうしでこれは卑怯じゃあないのかと言いたくなるが、カサンドラの体格からすれば無理のない武器でもある。
アルフィリースは呼吸を整えると、カサンドラに言い返した。
「では、私が勝ったら?」
「アタシを好きにしていいぞ? 裸で街一周だろうと、なんだろうと」
「それ、誰か喜ぶかしら? それより、そうね・・・あなたが寄付している孤児院の中から数人可愛いのを見繕って、私のところに寄越してくれないかしら? 立派な奴隷に仕立ててあげるわ、昔のあなたみたいね」
その言葉にカサンドラの顔つきがみるみる変わる。怒りで赤くなるのを通り越し、顔色を失くして額に血管を浮かせながら怒るカサンドラがそこにいた。カサンドラの全身の筋肉が隆起し、ただごとならぬ殺気を発し始める。
「テメェ・・・死んだぞ? この勝負、降参は認めねぇからな!」
「それ、ルール違反じゃないの? まあ私もあなたの降参を認めるつもりはないけど」
「面白れぇ! 面白い冗談だよ、テメェ!」
「私語はそこまで、準備はよいかしら? 離れて」
女審判が一触即発の二人の間に割って入る。どうやら審判は一試合ごとに交代するらしい。エルシアとの試合に出てきた女審判が、五試合目も審判を務めるようだった。
待ちきれないといった様子で、カサンドラが前傾姿勢を取る。対するアルフィリースは二刀をだらりと下げて、余裕のある構えを見せていた。
カサンドラが咆哮と共に襲い掛かる。先ほどの大イノシシよりも大迫力で突進してくるカサンドラの目の前に、突然放り投げられた木剣が二本現れた。あまりに唐突なその行動に、思わず危険は少ないと知りながらも反射的に木剣を打ち払うカサンドラ。大剣を振った直後、カサンドラの体が宙に舞う。
カサンドラが脳天から地面に落ちたのと、アルフィリースに足払いを賭けられたのに気付いたのは同時だった。全力で突撃した分、凄まじい衝撃がカサンドラの脳天を揺らしたが、カサンドラの怒りが衝撃を上回る。カサンドラは巨人族の血を引く強靭な首の筋肉でもって、跳ね起きた。
そしてがばりと振り返った先で、アルフィリースは木剣を取りに行くこともしないまま、手をこまねいて格闘を仕掛ける気で構えていた。露骨な挑発に、カサンドラの頭にはますます血が上っていく。
「挑発が上手いな」
「いや、何か言葉で仕掛けたんだろう。開始の段階でもうカサンドラの様子がおかしかったからな」
「アルフィ、気を付けろよ・・・カー姉は頭に血が上ってからが強えぞ」
続く
次回投稿は、4/23(土)10:00です。