快楽の街、その80~黒い鷹の不安②~
「そりゃあヴァルサスの意志か?」
「と、いうよりヴァルサスが受けた依頼の一つね。ゼムスのことを快く思わない国家や組織は、実は多い。だけど、一国の軍隊にも匹敵するといわれる彼ら一行を始末する方法を諸国がもたないのも事実。やるなら、傭兵同士で――そう考えると、私たちに依頼が来るのは必然ではなくて?」
「そりゃあ可能性としてはありえる話だ。だがよ、どうしてヤトリなんだ? 奴が傭兵団の金庫番だとしてもだ。奴らの受けている高額の依頼は、放っておいても余りあるくらいの金を生んでいるはずだ。それこそ、ヤトリの方が傭兵としての報酬を元手に事業を起こして成功したって言われているくらいだからな。今更なんでヤトリなんだ?」
「彼らのやっている悪事をもみ消すには、それなりに人手が必要だわ。それを行うのがヤトリであり、盗賊団を率いるバンドラス。裏から支える人物たちあってこその、勇者ゼムスよ」
「なるほど。いきなりゼムスを仕留めるのは難しいが、まずは順番に戦力を削いでいこうという話か。だがヤトリとて簡単じゃないぞ? ここ十数年で勇者の仲間にはほとんど脱落者がいない。何せ、彼らは元々が全員S級の傭兵たちだからな、実力が半端じゃない。ヤトリ一人とっても、殺すのは困難だ。腕前だけならブラックホークの隊長格と同等だろう。どうやって殺す?」
「違う、殺させるのよ。何も私たちが直接戦う必要はないわ。そのための上手い方法を、私はもう仕掛けてある。あとは待って、結果を確認するだけね」
「待て、何をするつもりだ?」
マックスの咎めるような問いかけに、ファンデーヌは薄く笑っただけだった。そしてこう付け加えたのだ。
「ヤトリは欲をかきすぎたわ。彼――アルマスを潰すために、色々な活動をしていた。アルマスは武器流通、フェニクス商会は南方の珍しい物品を主軸として活動するけど、ヤトリはその知識を生かして薬や日用品の輸送で対抗していたと思われる。薬といっても色々あるわ。特にここターラムでは、一般では手に入らないような催淫剤や、快楽をもたらすような薬が好まれる。ヤトリは半端に目端が効くものだから、彼は目に止まった薬物に手を出した。黒の魔術士たちが作ったものとも知らないで。そう、エクスぺリオンという薬に」
「エクスぺリオン?」
「液体でも固形でも使える薬品よ。青い色であることが多いのかしらね。一般的には多大な快楽をもたらす薬やあるいは麻酔薬として出回っているけど、濃度を調節して投与することで、あるいは常用することで、生物を魔王に変質することが可能。ここターラムや小さな街で実験的に出回っているけど、長期的な実験場だったのでしょうね。ここなら人がいなくなっても、多少奇妙な事件が起きても闇に葬れるし。
だからこそ、エクスぺリオンの流通は、アルマスが厳重に管理していた。黒の魔術士はウィスパーと協力することで、エクスぺリオンを静かに市場に流すことに成功したわ。だけど、ヤトリがエクスぺリオンの独占を始めた。そして、その効能に気付いてしまった。
ヤトリはこれで大儲けを企み、そしてアルマスにとって代わるつもりでいる。どうやってか知らないけど、エクスぺリオンの生産方法でも掴んだのかもしれないわ。少なくとも、ヤトリが絡んだせいで徐々にその存在は明るみに出始めた。アルネリアや、ターラムの支配者が動くくらいには」
「待て、なんでお前はそこまで知っているんだ?」
「簡単よ。ヤトリに雇われて、魔獣なんかでエクスぺリオンの投与実験をしたのは私だもの。薬物の知識がある彼と、魔獣に詳しい私。最適な組み合わせじゃない?
でも、さすがにここまでだわ。ヤトリの方法が上手く行くとは思えないし、上手くいかせるわけにはいかない。生物を魔王にする薬物が出回るだなんて、人間の世界の秩序が崩壊してしまうものね。だから、彼にはそろそろ退場してもらうことにした。アルマスも彼を疎んじて嗅ぎまわっているようだし、私はそれを利用させてもらう」
「具体的にはどうするんだ?」
マックスの言葉に、ファンデーヌはくすくすと笑っていた。その視線の先に、闘技場があった。ゲルゲダが青ざめる。まさか、ここまでイカれた女だとは思っていなかった。
「ちょうど良い余興があるじゃないの。アルマスが黙っていられないほど目立ちすぎればどうなるか。ヤトリに思い知ってもらいましょう?」
「おい、まさか・・・」
「正気か?」
マックスがファンデーヌの意図を察してその胸倉を掴んだ。だがファンデーヌは表情を変えるわけでもなく、薄く笑うだけ。マックスはぞっとして足で床を二度鳴らし、それを合図としてラバーズに偵察に行かせた。無論、向かわせたのは闘技場。
そしてファンデーヌはマックスの手を振りほどき、乱れた服装を直していた。
「そんなに心配なら見に行けばよいのではなくて? 多少死者は出るかもしれないけど、それほどの大惨事にはならないと思うわよ?」
「ふざけるな! お前、頭がどうかしているぞ」
「少数の犠牲をもって最大の戦果を挙げるのは、戦場でも常套手段よ? 私はブラックホークの仲間を失うくらいなら、こういう方法をとるわ。あなただってそうでしょう、ゲルゲダ?」
「・・・ああ、そうだな」
「おい、貴様!?」
マックスはゲルゲダを咎めようとしてやめた。そのような倫理観のある奴ではないと思っているし、それよりもその瞳が気になった。マックスは、ゲルゲダの様子がいつもと違うことに気付いていた。
そのゲルゲダにファンデーヌがしなだれかかる。
「さすが私の良い人はちょっと違うようね? 頼りにしていますわ」
「勝手にしろ。だがな、俺は俺の言うことをきかない女は嫌いだ。俺の女を自負するなら、覚えておくんだな」
「ふふ、覚えておきましょう」
それだけいうと、出て行くゲルゲダにファンデーヌが付き従う。その際、ファンデーヌが振り返り、マックスの方を見てふっと笑った。その意図はわからなかったが、マックスは言い様のない不安を覚えていた。とんでもない女を仲間にしているのではないか。マックスは手元に残した二人のラバーズを追跡につけるのも忘れ、ただ誰もいなくなった部屋に佇んでいた。
続く
次回投稿は、4/21(木)10:00です。