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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
1243/2685

快楽の街、その78~ターラムでの闘技場にて⑭~

***


 会場はまたしても沈黙に包まれていた。観客にしてみても、今度こそはという思いがあったろう。観客は一つ一つの対戦に賭けている。ターラムという街の性質か、彼らは噂好きであり、事前にイェーガーのことも情報が出回るほどであった。

 いかに最近頭角を現してきた傭兵団とはいえ、そうそうこのターラムの剣奴が負けるはずはないと住人たちは考えていた。ターラムには、長らく大国の干渉すら退けてきた自負がある。ここまで三試合に負けており、面白半分にイェーガーの勝ちに賭けている者もいるとはいえ、まさか全敗するとは誰もが予想していなかった。

 だが――現実は受け入れがたいものだった。裏闘技場で最も勝率の高いボレアスでさえ、一瞬で打ち倒されたのだ。しかも、本人は完全に気を失って泡を吹いている。良い勝負も何もあったものではなく、ただただ完敗だった。

 カサンドラとリリアムですら目の前の光景は信じられなかったが、それはイェーガーの面々も同じ。ただ2人だけ、ラインとアルフィリースが真剣な顔でヴェンの勝利を受け入れていた。


「ヴェンと最初に会った時に感じた、私の勘は正しかったわ」

「どんな勘だったんだ?」

「彼、アルベルトくらいには強いかもしれないって」

「そうか。敵でなくて本当によかったと思うぜ。木剣で喉を突いて棄権不能にしたうえ、顎を何度も左右に打ち抜いて脳を揺らすなんて芸当、誰にでもできるもんじゃねぇ。しかもあれをやられると、下手すると一生酔っぱらったみたいになることがある。恐ろしいことを平然としたもんだ。

 アルフィ、しっかりエクラを捕まえておけよ? エクラに恨まれてあれに背後から襲われるなんて、考えたくもねぇ」

「あなたがエクラに怒られるようなことをしなければいいんじゃない?」

「そうくるか!」


 ラインとアルフィリースは茶化したが、表情は全く笑っていなかった。ボレアスが担架で運ばれるのを見ようともせず、また観客に対する挨拶もそこそこにヴェンは引き返してきた。だがセイトの時と同じく、ヴェンはそもそも傭兵団内にあまり親しい者がいない。歓喜の表情で出迎える者はほとんどいなかったが、それでも拍手がヴェンを包んでいた。純粋に、称讃の拍手だった。

 そしてヴェンはアルフィリースの元に、まっすぐに歩いて行った。


「団長、期待には応えられましたか?」

「ええ、120点の出来だわ」

「100点満点で?」

「もちろん」


 アルフィリースは笑顔で答えたが、ヴェンに笑顔はなかった。


「団長。私は今日、本当に貴女を恐ろしい人だと思いました。どうか貴女がエクラ様と故国の敵とならないことを祈ります。私のことをどこでお知りになったのです?」

「人の口にはどうあっても戸は立てられないということよ。しかし、あなたは私のことを恐れていると考えてよいのかしら?」

「そうですね。だから私の本気を見ていただきました。どうかこれが牽制とならんことを願います」


 ヴェンの表情は戦いの時のように真剣だった。アルフィリースはふっと緊張をほぐすように笑って彼に応えた。


「十分な演出だったわ。あなたは本当に死神だったのね?」

「生きるのに必死だっただけです。望んだ結果ではありませんが、戦うことにためらいはありません。そしてそのためなら、必要以上に恐怖をまき散らすことがかつては効果的だと思っていました。今では、必要がなければ力を振るいたいとは思いません」

「わかったわ。でもあなたとの契約内容は見直す必要がありそうね。エクラの護衛としてだけではなく、それ以外でも単独で契約を結びたいわ。もちろん、護衛の任務に差し支えない範囲でね。もちろん、受けてもらえるわよね?」

「・・・条件によります」


 ヴェンの警戒した表情を見て、アルフィリースは頷いた。


「結構よ。最大限に配慮しましょう。私としては、単に優秀な人材を放っておくのが惜しいだけよ。もういいわ、休んで頂戴。私も自分の準備をしないとね」

「それでは」

「よう、ヴェン。俺とお前とセイト、誰が一番強いと思う?」


 ラインの意地悪い問いかけに、ヴェンは即答した。


「戦う条件次第でしょう。開けた場所ならセイト、一対一なら副長、混戦なら私ですね」

「なるほど、どこかで試してみるか?」

「遠慮します。さっきのボレアスとは違う、本当の殺し合いになりますよ。たとえ木剣でもね」

「そうか」


 ヴェンの言葉に、ラインは何も言わなかった。これほどはっきりと自分に対して「勝てる」と明言する相手もいなかったが、何よりそれが嘘に聞こえないのも初めてだった。ラインもまた、ヴェンと殺し合うはめにだけはなりたくないと考えていた。

 そしてアルフィリースの出番となる。アルフィリースは既に体の準備は終えており、いつでも戦闘に入れる状態であった。少し仲間と距離を置き、瞑想に入る。話し相手は、影である。


「(調子はどうかしら?)」

「(悪くはないわ。ここからが正念場だものね)」

「(カサンドラとかいう傭兵、強いぞ?)」

「(難しい戦いになるわ)」

「(ああ、そうだな)」

「(ええ。ロゼッタを捻るほどに強い相手を圧倒し、リリアムを挑発して引きずり出す。とても難しい戦いだわ)」


 その言葉に、意識の中で影がニタリと笑んだ気がした。そして、いつの間にか自分もまた同じように微笑んでいると、アルフィリースは気付いていなかった。



続く

次回投稿は、4/17(日)10:00です。

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