快楽の街、その77~ターラムでの闘技場にて⑬~
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「なんだかつまんねぇな」
「そうだろうか。俺は面白いのだが」
最上段奥、特別席で話し合うのはグンツとリディル。ドゥームに連れられてターラムにきたグンツだが、彼はスカースネイク時代からの悪行がたたり、ターラムですらすっかりお尋ね者になっている。もちろん力づくで言うことを聞かせることもできるのだが、ドゥームから今は騒ぎを起こさないようにと厳に命じられており、渋々ながらも従っていたため、どこの店にも入れない。自警団に見つかっていないだけよしとすべきだが、それでも堂々と闘技場に出入りするのだから懲りてはいないのだろう。
ドゥームは後にもっと面白い祭りがあるからとグンツに告げていたし、グンツ自身ターラムでは遊び飽きている。そう考えてみると、つまらない街だとグンツは連日飽き飽きしていた。せめて監視を命じられているリディルが物珍しそうに色々な物に騒ぎ立てるので、そのリディルを見ていることが面白いと言えば面白い。
リディルはほとんど無条件でグンツに付き従い言うことをよく聞くので、グンツにしてみれば不思議な存在だった。損得なく付き従うこの男を、仕事とはいえどういう形で扱うか決めかねているのが正直なところだ。ただの犬ころなら気分次第で蹴飛ばしもするのだが、さすがに魔王を統べる男ともなると、そんなわけにもいかない。蹴飛ばした相手に噛み殺されるのは、さすがのグンツも御免だった。
そんな折、リディルがこの闘技の話を聞きつけてきたので顔を出してみた。イェーガーは知らない連中ではないし、いずれ本気で戦うこともあるだろうかと思えば何らかの参考になるかとも思ったが、どうやら偵察などは自分の性に合っていないらしい。しかも木剣での戦いとなれば、余計にあくびがでそうだった。昼頃に飯代のために適当に襲った金持ち風の男女がここの貴賓席の入場券を持っていたのも、これでは幸運とは言い難い結果となった。
今から副将戦らしいのだが、既にグンツは見る気を失くしていた。リディルが興味深そうにしているのも無理矢理引きずり出そうかと考えていたのだが、ここにきて少し風向きが変わり始めていた。リディルが闘技以外の何かに反応したのである。
「どうした、リディル」
「・・・グンツ、今日この闘技場で何か計画があったか?」
「いや、ドゥームからは何も聞いていないな。そもそも、あいつは今もこの都市にいるのか? 次の計画に俺たちは不要だから、この街で暇でも潰していろと言われたが」
「闘技場内で魔王が生まれた。この瞬間にだ」
リディルの言葉に、面白いことが起きたとばかりに顔を輝かせるグンツ。
「へえ・・・そりゃあ面白いな。エクスぺリオンか?」
「そこまではわからん。だがどうする? このままでは騒ぎになると思うが」
「好きにやらせとけよ。物事は予想外のことが起こるから面白いっていうぜ? ハプニングを楽しもうじゃねぇか」
「了解した。俺たちは動かない、それでいいか?」
「そうだな。それでもいいんだが、そうしないといけないというか」
グンツはちらりとカーテンで遮られた個室の外の様子を見た。先ほどから部屋につまみや飲料を運んできていた給仕の姿がない。それに外から漂う殺気。どうやらこの部屋に不正に入ったことが自警団にばれたらしい。ただ、闘技の最中にことを荒立てるつもりはないのか、おそらく催し物が終わるまでは待ってくれそうだ。
ようやく面白くなってきたじゃないか。グンツはそう思いながら、先ほどまでとは全く違う心持ちで、次に始まる闘技を待っていた。
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「よう、災難だなお前」
「・・・」
闘技場の上ではヴェンとボレアスが対峙していた。ボレアスは大柄な男で、全身が鎧のような筋肉に覆われており、傷だらけの全身と、巨大な棍棒が相手を威圧していた。いわゆる『見るからに強そうな男』なのだが、彼の実績は確かに実力があることも示していた。
ボレアスは油断なく獰猛な瞳で頭一つ小さいヴェンのことを眺めていたが、戦いの注意点などそっちのけで、ヴェンに尋ねていた。
「お前、棄権する気はないか?」
「どういうことだ?」
「俺は見てのとおり怪力だ。そして得物もこのとおりだ。体に合わせていつも選ぶんだが、これじゃあ木製の武器を使おうが、相手を殺しちまうことに変わりはない。お前が強いってことは見りゃあわかるんだが、戦いには万一が常に付きまとう。だがそれじゃあ俺の剣奴としての価値が下がるんでな。お前たちの勝ち越しは決まったんだ。この戦いの勝利にこだわる必要はないだろう?」
「・・・気遣いなのか傲慢なのか。ありがたい申し出だが、うちの団長に確認した。どうやら彼女はただ勝つこと以上の結果を求めているようだ。だから私が棄権することはない。するならそっちがしてくれ」
「それこそありえねぇ相談だ。じゃあ交渉決裂だな。死んでも恨むなよ?」
ボレアスがそれだけ告げて離れようとした時、ヴェンの声がボレアスに聞こえていた。
「大丈夫だ、死にはしない。ただ、木製の武器というのは確かに不便だ。その頑丈そうな体では、正確に急所を突かねばならない。私の見立て通りの頑強さであることを願うばかりだ」
ヴェンがそう呟いたのがボレアスにも聞こえていたが、ボレアスはその言葉の意味をまもなく身をもって知ることとなる。
続く
次回投稿は、4/15(金)11:00です。