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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その76~ターラムでの闘技場にて⑫~

***


「・・・見えたか?」

「・・・対戦相手の正中に集まる急所に、合計17発の攻撃を叩き込んでいます。ただ目で追うのが精一杯。とてもではないが、対応できるものでは」

「おそらく相手は一撃必殺の反撃を狙っていたと思う。一発程度ならセイトの攻撃を耐えたかもしれないが、17発も打ち込まれてはな。命を奪いかねない攻撃だった」

「あれが平隊員・・・? 嘘をつけ、そんなわけがないだろう!」


 誰となくそんな声が漏れた。確かにセイトの全力は、指名したアルフィリースすら目を見張るものであった。観客も何が起きたのか全く理解できず、ただざわめきだけが巻き起こっていた。

 セイトはただ静かに審判の方を向くと、許可を求めた。


「審判、まだやるのか?」

「は!」


 審判がケイマンに駆け寄ると、意識は完全に途切れていた。審判が高らかにセイトの勝利を宣言すると共に、医療従事者を呼んで気付を行う。セイトは勝利を宣言された後もその場を立ち去らず、ケイマンの目覚めを待っていた。

 そして彼の目覚めの後、その前に静かに膝を付き問いかけていた。


「戦っていた気付いたが、その左足と左腕、義手か」

「そういうこった。グルーザルドでは四肢のどれかでも失えば、戦士とはみなされなくなる。俺はそれを覆したかったのさ。人間の鍛冶屋の腕前はいい。獣人相手の俺でもぴたりと合うものを作ってくれた。だが、いかんせん金がかかるのでな」

「それで闘技場で」

「それだけじゃないがな。さて、次の闘技がつかえている。試合が終わった俺たちはどくとしようや」

「待て、まだ話が――」


 ゆっくりと体を起こし去ろうとするケイマンを呼び止めようとして、セイトはすかさず耳打ちされた。


「夕刻、闘技場の前の酒場に来い。そこで働いているミリウスの女に話しかけろ。そこで詳しくは話してやる」


 それを最後にケイマンは去っていった。セイトはすっきりしない感情を抱えたまま、勝利の余韻に浸ることなくイェーガーの陣営へと引き返していた。

 引き返してきたセイトの渋い表情を見ると、誰もが素直に歓喜の声をかけにくかった。またセイトの実力を知ったせいでもある。ただラインだけが平然と話しかけいてた。


「よう、お疲れ」

「・・・いえ、疲れては」

「紙一重だったろ? ダメージもあるはずだ、しっかり休め」

「何も聞かないのですか?」


 セイトは驚いたようにラインの顔を見たが、ラインはそっけなかった。


「傭兵なんてのは、誰もがそれなりに脛に傷をもつ。お前が何か話したくなったら話すといいさ。ただ、この傭兵団にはお前が何であれ、扱いを変える奴はそうそういないと思うがな」

「はい、心しておきます」

「固いんだよ、お前」


 ラインに小突かれながら、アルフィリースのところに向かうセイト。アルフィリースもまたそっけなく言い放った。


「どうだった?」

「団長・・・知っていたのですか?」

「何をかしら?」


 アルフィリースの笑みは含みが多すぎて、セイトもその意図するところを掴みかねる。だが聞くのもなぜか躊躇われたので、セイトはそのままため息をついた。

 だがそんなセイトに、アルフィリースはまたしても意味深なことを言ってきた。


「セイト。あなたがよければ、中隊くらいなら預けてもいいと思っているのだけど」

「・・・いえ、俺にはとても」

「貴方の器はそんなものでは評価できないとは思っているけど、まず最初はね。というところよ。もし今晩、気が変わったら言ってちょうだい。あ、あと面白い話が聞けたら教えてね?」

「は? それは一体――」


 アルフィリースの言葉の意味をセイトは考えようとしてやめた。どうせ教えてくれないし、考える気力も今は湧かない。獣人仲間の視線がやや痛かったが、疲労していたのも事実だったので、セイトは素直に休むことにした。


***


「げ・・・負けやがったケイマンの野郎」

「さっきのスキニースといい、ケイマンといい、相性の良い相手が出てきたような気がするわね。相手はこちらの出す面子を読んでいるのかしら? それとも情報が洩れている?」

「そんなはずは・・・そんな口の軽い連中じゃないだろうし、全部アタイが直接出向いて誘ってんだ。それも全部こっそりだぜ? ばれるはずがねぇんだ」

「なら、彼女たちは闘技者の中でも実力者の特徴を把握し、そこから今回の闘技に出てきそうな者を予測。そして最も適切な面子をぶつけてきたと? それこそありえないと思わない? それができるとしたら、情報収集能力が異常だわ。少し過小評価していたかしら・・・」


 はらはらするのはカサンドラだ。リリアムの不興を買えば、カサンドラとてどうなるかわかったものではない。リリアムがキレた時の戦い方を知っているカサンドラとしては、リリアムは仰ぐに足る隊長であると同時に、恐怖の対象である。

 リリアムが少し悩んだが、それでもどこか満足そうに微笑んでいた。


「ふふ、でも予想外の収穫なのかもね。しかし一勝もできないのはさすがにまずいわね。住人から私達に対する信頼が損なわれるわ。あなたはいいとして、次は大丈夫なのでしょうね?」

「流石に大丈夫だと思うんだが。裏闘技場で今一番勝ってるボレアスってやつを連れてきた。40戦38勝2敗。闘技の最中に実に54人を殺してる。倫理的にはちょいとアレだが、勝ちにいくために必要かなと。殺すなとは言ってあるし、契約は守ると思うがね」

「ボレアスね、少しは聞いた名前だわ。ちなみに相手は誰だったかしら?」

「ヴェンとか書いているな。事前に調べたところによると、貴族の娘様の護衛としてついてきているらしいが・・・ん? ヴェン?」

「どうしたの?」


 カサンドラの反応にリリアムが違和感を覚えた。だがカサンドラはしきりに首を振っている。


「いや・・・人違いだろ。随分と昔にそんなやつがいたが、生きてるはずがない。裏闘技場でも度が過ぎて、問題児扱いされて始末されたんだ。当時の闘技場の主催者の一人が暗殺者を派遣したって言っていたから、多分アルマスでも使ったんだろう。アタイは関与していなかったがね」

「やりすぎた?」

「勝利数、殺した数共にあんたに引けをとらないさ、リリアム。まだあんたがここに来るだいぶ前の、裏闘技が本当に凄惨だった頃の話だ。その中でも観客が吐いたり逃げ出すほどの、凄惨な試合を請け負っていた。しかも、まだ子どもだったのにな。死神ってあだ名で呼ばれてて、名前なんざすっかり忘れていたが」

「そんなこともあったのね。さて、そうだとしたらちょっと見てみたいけど。でも、もしあなたも含めて負けたら――」

「負けたら?」


 カサンドラが聞き返したがリリアムは何も言わず、くすりと微笑んだだけだった。逆にそれが怖くて、思わずカサンドラは身を小さく震わせた。



続く

次回投稿は、4/13(水)11:00です。

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