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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その75~ターラムでの闘技場にて⑪~

「ぐっ・・・」

「綺麗に入ったなぁ? 今晩は飯抜きだな、こりゃあよぅ」


 ケイマンの一撃に闘技場は大いに盛り上がる。どうやら裏闘技場の猛者とはいえ、それなりに名は知られているのか。元々反則技などを多く用いる悪役として、ケイマンは闘技場で名を馳せた獣人だった。その闘技は全力の戦いと言うよりは、やはり見世物としての要素が強かった。

 だがその道化の裏にある確かな実力に、何人かの者は気付いていた。セイトは呼吸を整えながら、再度構える。動きは緩急をつけた動きは、ヤオがよく使う歩法だ。その動きを見て、ケイマンが面白そうに口の端を上げた。


「ほう。その動き、ゴーラの爺に習ったのか。獣人の中でもそれなり以上に将来有望だと思われているんだな」

「わかるのか?」

「わかるさ。俺も習った口だ」


 同じ動きをケイマンも始める。セイトを含め、その戦いを眺めている獣人たちの表情が俄かに変わっていた。


「んで、知っているか? その動きには型があって、その型は最初の基本だってことはどうだ?」

「なんだと?」

「なんだ、知らねぇのか。ちなみに応用はこうやるんだが・・・今の俺じゃあその次くらいが限界か?」


 ケイマンの姿が消えたかと思うと、足元にぬるりとした動きで迫るケイマンがいた。まるで予備動作のない状態から、素早く、しかし強力な蹴りが飛んでくる。片手を軸にした蹴りは一撃必殺の威力を持っていたが、その蹴りをすんでのところで躱すセイト。ゆっくりに見える動きが急に速くなり、セイトは困惑しながら防御と回避を繰り返した。とてもではないが、反撃どころではない。何発かをもらいながらそろそろ回避も限界というところで、ケイマンの動きが止まっていた。

 見ると、肩で息をしている。そして審判に休憩を申し出た。その一連のやりとりと仕草が面白く、会場は笑いに包まれる。笑えないのは、戦っているセイトである。


「年はとりたくねぇな。こんなんで限界がくるとは」

「・・・ふざけているのか?」

「いやいや、大まじめだ。手を抜いているつもりはねぇよ」


 差し出された水をあおりながら、ケイマンは再度セイトに向き合った。


「いや、待たせた。再開といこうか」

「・・・」

「で、どうよ? そろそろお前も本気を出せよ。そうでないと、さすがに俺が勝っちまうぜ?」


 ケイマンが不意の一撃を入れながらする挑発に、セイトは冷静だった。攻撃に殺意がなかったからだ。明らかに先ほどまでとは違う一撃。いや、最初から殺意はなかったのか。技術は凄まじいが、どれも本気に欠ける攻撃ばかり。だから自分は苛ついたのかと、セイトは改めて理解した。

 だが表情はケイマンの方が苦かった。


「俺は本気で戦っているつもりだが」

「いや、違うな。お前は手加減をしている。どこかで相手を殺さないように、無意識に手加減をしているんだ。そうでなけりゃ、俺なんかが良い勝負はできねぇよ、ドライアンのガキ相手にはな」

「!」


 審判にすら聞こえないように交わされた会話は、リサですら喧騒に掻き消えて聞くことができなかった。どうしてその事実を知っているのかと問いかける前に、ケイマンが獰猛に牙をむいていた。


「俺に勝てたらどうして知っているのか理由を教えてもいいぜ、坊や」

「・・・どうやら舐めていたのは俺の方か。失礼した」


 セイトは佇まいを正すと、ケイマンに向けて礼をした。その態度の観客もケイマンも驚いた。


「全力でお相手する。殺しても恨まないでくれ」

「いや、殺されたら恨むだろうよ。だが、できんのか?」

「さあ、どうだろうな? 全力を出すのは久しぶりで、加減ができないと思う」

「いや、そうじゃなくてだな――」


 ケイマンが勘違いを正そうとした瞬間、セイトの体が急激に大きくなったような錯覚を受けた。それがセイトの殺気のせいだと知った時には、既に全てが遅かった。見えているセイトの姿が残像だと認識すると同時に、ケイマンのこめかみには脳天が揺れるほどの強力な一撃が見舞われた。

 反射的に反撃するケイマンだが、セイトの猛攻がそれを許さない。セイトの攻撃は、さながら黒い嵐。自然と同じく全てをなぎ倒す圧倒的な暴力には、技術の有無など関係がなかった。

 このままでは何もできず負ける。ケイマンが覚悟を決めたように踏ん張り、顔面への強打を受けながら、続く右中段蹴りを左足で止め、左拳でカウンターを取りに行く。命中。ケイマンにとって自信のある、完璧な一撃だった。

 だが、拳越しに見たセイトの目は血走り、爛々と輝きながら攻撃対象であるケイマンを見据えていた。まるで拳など意に介していない。そう言いたげなセイトの目を見て、ケイマンは久しぶりに恐怖なるものを思い出していた。


「――親父そっくりな殺気じゃねぇか」

「ガァアアアア!」


 セイトがさらに前に出る。だがその膝が一瞬落ちる。ケイマンの一撃がきいていないわけではない、ただ闘争本能だけが体を支えているのだ。もう一度入れれば倒れる。この一撃を耐えて、俺の左拳を入れてやる――そうケイマンが考えた時、ケイマンは空を見ながら意識が遠のくのを感じた。



続く

次回投稿は、4/11(月)11:00です。

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