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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その71~ターラムでの闘技場にて⑦~

「くっ、なんで!?」

「幼稚な殺気が駄々漏れよ。殺す気もなくせに、狙いどころだけは恐ろしいわね。覚悟がないなら、ここに上がるべきではないわよ」


 エルシアは身を翻すと、闘技場の周囲に設置してある予備の武器を取りに走った。だが、その背後から正確に背中を木製の球が直撃したのだ。不意を突かれたのと、思ったよりも重い一撃に、前のめりに倒れるエルシア。


「な、なんで私の位置が正確にわかるの?」

「足音くらい隠しなさい。戦士もそれなりの練度になるとね、眼なんて閉じてても戦えるようになるのよ」

「くそおっ」


 エルシアの悔しそうな声が聞こえるのと、スキニースにとって意外な判定が聞こえるのは同時だった。


「2対3。スキニース優勢!」

「・・・は?」


 予想外の点数。自分はエルシアの背面に当てたから3点だとしても、どうして自分が点を取られているのか。顔面への先ほどの袋による目つぶしは減点対象であったとしても、有効にはならないはずだ。

 スキニースは審判に問いかけた。


「どうしてかしら、審判? 何が有効になったの?」

「小石が脛あてに当たっています。投擲攻撃として有効とみなします」

「なんですって?」


 スキニースにとっても意外であった。エルシアは片手で突きを繰り出すと同時に、反対の手で石を投擲していたのだ。ただ石をばらまいただけでは有効打にならないが、明確な意図があって投げた武器は防具の上からでも有効になる。点数制のルールを、エルシアは試合前に確認していた。

 そしてスキニースが戸惑う間に、エルシアは武器を回収して自分の思惑通りの場所にいた。スキニースが、あっと言った。エルシアは、審判の真後ろに立っていたのだ。これには観客もどよめいた。


「お、お前は」

「何よ、審判を盾にしてはいけないなんてルールはないはずよ?」

「だが、その状態でどうやって勝負をする? むしろ私の方が有利に――」

「ならないわ。この形になった時点で、私の勝ち。くらいなさい」


 エルシアが何かを放り投げた。スキニースの頭上を通りすぎ、背後にも落ちたそれが何かを理解するのにスキニースは時間がかかってしまった。まだ視界は戻っていない。音だけが頼りの状態だ。

 その場で何かがこすれるような音が聞こえる。


「これは――独楽?」

「くらえっ!」


 エルシアは床に投げた独楽に向かって、小さな石を目にもとまらぬ速さで投げつけた。石は回転する独楽にぶつかると、石を弾いて跳弾とした。そしてエルシアは同時に、さらに木製の球を地面にころがすように複数投げつけた。地面を回転する球は、数々の戦いで変形した闘技場の床の凹凸で跳ね、同時にスキニースに襲い掛かっていく。

 前後を挟み撃ちにされるような形で飛び道具にさらされたスキニースは、反射的にローブを抱え込むようにして身を守った。目が見えていても、どのみち全てを防ぐのは無理である。と、同時に目つぶしを仕込んでおいた水で洗い流す。視界は確保できた。


「3対9、エルシア!」


 審判の声が聞こえる。どうやらまだ対戦は終了していないらしい。攻撃の嵐から生き残ったのは運に過ぎないが、スキニースはすぐに反撃すべくエルシアを視界に収めようとした。まだ足音は聞こえないし、殺気もない。先ほどの位置から動いていないはずだ。

 スキニースが体を起こすまで、1秒もなかったはずだった。だが、


「うっ!」


 スキニースがエルシアを視界にとらえた時、勝負は決していた。エルシアの剣の切っ先は、正確にスキニースの心臓の位置を捕えていた。

 エルシアの鋭い視線がスキニースを射抜いた。まだ有効打にはなっていないが、その視線が意味するところをスキニースは知っている。ふうっと息を吐いて、スキニースは降参を宣言していた。

 会場がエルシアの早業に対し、歓喜に湧いた。エルシアの方はどうしてよいかわからず、審判に促されてようやく勝者の名乗りを上げていた。そのまま闘技場の舞台を一周するようにして、慣例通りの勝者の挨拶をして回る。本来なら顔を覚えてもらい、今後高額の賭けになるようにとの配慮なのだが、エルシアは慣れていないせいか、終始照れながら小さく手を振るだけだった。

 そしてようやく自分の控室に帰ると、仲間の手洗い歓迎が待っていた。もみくちゃにされるエルシア。


「やりやがたな、こいつぅ!」

「すごいぞ、エルシア!」

「ま、まあ認めてやらなくもねぇぜ」


 ゲイルの負け惜しみにしか聞こえない声が聞こえた時、エルシアは頭を撫でくり回されながらも自然とレイヤーの姿を探していた。だが既にレイヤーの姿は影も形もなかった。レイヤーはエルシアの試合を見届けると、エルシアが戻る前に再び仕事に戻っていた。

 部屋から出て去り際にルナティカが声をかけていた。


「よく短時間で独楽や球を集めたな?」

「元々集めてあったんだよ。エルシアを勝たせるには、何でも使わないといけないからね。あそこに独楽を装飾のように置いたのも僕さ。それとなく、人目に付くように丸い球や独楽をそこかしこに置いておいた」

「戦い方を誘導したのか。それでも成し遂げたのはエルシアの実力。労ってやらないのか?」

「確かに上手く活かしたとは思う。でもこれからも戦うつもりならエルシアにはもっと強くなってほしいから、このくらいじゃ何も言わないよ。すぐに増長するからね、彼女は」

「厳しいな」

「優しさだよ」


 レイヤーは無表情に見えたが、よく顔を合わせているルナティカにはわかっていた。口調はどうあれ、その表情は明らかにエルシアの勝利を喜んでいるのだと。



続く

次話投稿は、4/3(日)11:00です。

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