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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その68~ターラムでの闘技場にて④~

 きょとんとするイェーガーの面々。ざわつく中で、誰となくつぶやいていた。


「今・・・何した?」

「いや、さっぱり」

「え? 剣先を紐の結び目に通したんでしょ。それを上下同時にやるなんて、すごいわ。いくら刺突剣レイピアの形の木剣を持っていてもね。だって先を丸く潰してあるのに。やっぱりあの突きを習得するのはだいぶ先だなぁ・・・」


 思わず解説したエルシアに、注目が集まる。隣にいたゲイルが目をぱちくりとさせていた。


「エルシア・・・見えたのか?」

「何言ってんの。むしろ、見えないの?」

「おい、アルフィリース・・・」


 エルシアと他の傭兵団員のやりとりを聞いて、ラインがアルフィリースの方をちらりと見た。すると、アルフィリースは楽しそうな笑みを浮かべていた。明らかに、アルフィリースはこのことを知っていたのだ。エルシアの動体視力が並外れていることを。何が諦めがつくだ。ラインはアルフィリースの意地の悪さに、楽しそうに舌打ちした。

 だがエメラルドの勝利が告げられると、エメラルドに対する歓声が起きる。そしてエメラルドに勝利者の言葉を聞かんとして司会者が地下より、彼女を一つ高い台に誘導した。勝者に対するこの闘技場の慣わしである。そこに来てアルフィリースは自らの額を叩いていた。


「あ、そのこと教えるの忘れてた」

「どうすんだよ。さすがに人間の言葉はあまり流暢に話せないだろ?」

「そ、そうね」


 だがそんな団員の心配をよそに、そもそも何を勘違いしたのか、あるいはいつもの習慣か。エメラルドは一際目立つ場所に誘導されたので、はたと思いついたように歌いだしていた。最初は何事かと思った観客たちだが、ここターラムでも滅多に聞くことのない美声に、あっという間に観客は静まり返り、その美声に酔いしれていた。

 そしてひとしきり歌い終えると、さきほど以上の歓声が上がり、あっという間にエメラルドは人気者になっていた。巻き起こるアンコールの要求に、満面の笑みで応えるエメラルド。誰となく持ち出した楽器に合わせ、今度は陽気な歌を歌いだしていた。

 その様子を見て笑っていたのはアルフィリースだけではない。あんぐりと開いた口がふさがらないカサンドラがふと後ろを見ると、腹を抱えて笑うリリアムがいた。それは、とても珍しい光景だった。


「・・・リリアム、どうした」

「ふ、ふふふふ。だって、面白いじゃない。まさかこんな方法で来るとは思わなかったわ。勝って、歌う、か。今度からそんな闘技規則を作ろうかしら」

「おい、ふざけてんのか?」

「いえ、割と真面目よ。でもあなたはやらない方がいいわ、カサンドラ。ひどい音痴なんだから」

「ほっとけ!」


 舌打ちしたカサンドラと、笑いすぎて涙の出るリリアム。そしてひとしきり笑い終えたところで、リリアムが元の表情に戻っていた。


「さて、と。予想以上に盛り上がるのは闘技としてはいいことだわ。次はまともなのを用意しているのでしょうね?」

「タタツィーネもそれなりの実力者だが、色物の域は出ないからな。やつが引ん剝くかひん剥かれるかで盛り上がると思ったんだが。次はもうちょいマシなのを用意してある」

「あまり負けてもこちらの沽券にかかわりますからね。誰なの?」

「スキニースだ。だから点数ポイント制にしてある」

「ああ、あの奇術師・・・なら普通は勝つでしょうね。それを点数制か」

「そうだな。戦いの条件次第じゃアタシからも勝ち星をあげるやつだ。あれより奇抜なやつはいないと思うがね」


 カサンドラはそういうと、次の戦いに備えて立っているフードの女に目を向けたのである。


***


「こんなところにいたかね、ゼムス」

「・・・バンドラスか」


 闘技場で一人、上待遇の席で観戦しているゼムス。その席に、ふらりと中年姿の男が入ってきた。ゼムスも何事かと思ったが、口調と態度から察するにバンドラス以外在り得ないと思ったのだ。


「また姿が違うな。毎回紛らわしい奴だ」

「子どもの姿じゃあ、さすがにこの席に来るには無理があるからのぅ、ヒョヒョ。それにしてもゼムスともあろう者が、こんなところで一人観戦かね。どういう風の吹き回しだい?」

「気まぐれだ。街を歩いていると目についたから入っただけだ」

「特別待遇の個室もあるだろうに」

「普段は辺境で戦っているからな。ごみごみしたのが懐かしい時もある」

「どこぞの貴族の娘でもたぶらかして壊すつもりかね」

「今はそんな気分ではない。それに壊すとは人聞きの悪い、相手が私についてこれないだけだ」

「その点エネーマは不足ないだろうがね。見た目だけは良い女だが、あまり趣味が良いとはいえんな。自ら糞女エネーマなどと名乗る女はな」

「わかっている」


 ゼムスは面倒そうに告げた。だがバンドラスはゼムスの傍で話し続ける。不思議なことに、誰もその存在には気を使っていないようだ。これがバンドラスの特技だと、ゼムスも知っている。人の注意を逸らすのも引き付けるのもうまい。盗賊以上の何かの技術を備えた男である。


「お前こそどうした、バンドラス。こんなところにわざわざ来るとは」

「儂はターラムっ子じゃぞ? ターラム生まれの者で、祭りが嫌いな者など誰もおらんよ。死の間際であっても、祭りへの参加は逃さんのが気質でのぅ」

「嘘くさいな。それだけなら私の傍にはこないだろう?」

「一つ耳にいれておきたくてな。ヤトリに気を付けろ」

「・・・商人が?」


 予想外の言葉が出たので、さしものゼムスも興味をひかれた。次戦の戦いが告げられ一際盛り上がる会場で、この場の空気だけが冷えていた。



続く

次回投稿は、3/28(月)12:00です。

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