快楽の街、その66~ターラムでの闘技場にて②~
「エメラルド、緊張している?」
「んー?」
「・・・余計な心配だったかしらね。ルールは大丈夫?」
「うん!」
「なら思いっきりやってきなさい。楽しんでね」
エメラルドはその言葉を聞くと、顔を輝かせて闘技場に向かって行った。そして、初戦の開戦が盛大に告げられたのだ。
「皆さま、お待たせていたしました! 本日の対戦、ターラム自警団の先方となるのは、皆様もご存じ、この人! ターラム自警団一の美女にして、お色気担当! 『魅惑』のタタツィーネ!」
その名と共に現れたのは、肌も露わな女剣士だった。ほとんど鎧として用をなさない防具を身に着け、申し訳程度に身を隠す露出の多い恰好は、一目でそれとわかる戦いを要求するものである。またタタツィーネ自身も申し分なく美しい女性であったため、これは戦いというよりも、演舞の要素が強いのではないかと、多くの傭兵たちは思ってしまった。事実、既に口笛を吹いて期待感を隠そうともしない者もいた。
だが真っ先にその流れに乗りそうなラインが、渋い顔で相手を見ていた。
「タタツィーネ。聞き覚えがあるような気がするな?」
ラインの言葉に、ロゼッタとリサがほぼ同時に答える。
「ターラムじゃあ結構有名だな。自警団をやる傍ら、傭兵でも活動している。しかも戦場専門だ。あまり活動時間が長くないからランクはそこまで高くないが、それでもBの上の方だろうな」
「確かにお色気専門の闘技者として有名ですが、実力も侮れませんよ。ターラムでは連戦連勝ですね。その戦績は、36戦34勝2敗。その2敗も負け方を聞くに、わざとでしょうね」
「大丈夫か? それにこの戦いは――」
そこで司会者が解説を入れる。
「さて、この戦いは闘技場に馴染みの皆様はご存知でしょう! タタツィーネ得意のお色気ルール! 勝利条件は対戦相手を降参に追い込むだけではなく、相手の衣装を全て剥ぐことも入っています! そのために、あえて剥ぎやすい衣装を着ることが要求されます! もちろん、参加するのは女性のみ!」
司会者の解説に観客はどっと盛り上がったが、ラインですらその内容には呆れていた。予め条件を知っていたリサとロゼッタがため息をついた。
「仕方ねぇさ。ターラムじゃあ戦いも娯楽の一つだ。血なまぐさいのが見たいなら、裏の闘技場に行けばいい。ここはそういう街だ」
「馬鹿馬鹿しいとは思いますがね、このルールは盛り上がるらしいですよ? 何なら、闘技者じゃなくてもいいようで。お祭りの時期には一般女性まで商品目当てに参加するとか」
「この街の住人はみんな阿保なのか?」
「阿保でも何でも、成り立っているんだからしょうがねぇ。で、本当にエメラルドは大丈夫なんだろうな? ハルピュイアを衆目に晒していいのか?」
ロゼッタの言葉に、アルフィリースは躊躇なく頷いた。
「大丈夫よ、このターラムの住人は寛容だわ。楽しめさえすれば、なんでもいい人が多いもの。それこそ人間かどうかなんて、瑣末な問題になりそうよ。それに私がエメラルドを選んだ理由は二つ。仮にこのルールになったとして、元が裸に近い衣服しか着る習慣のないエメラルドが緊張するなんてありえないわ。ロゼッタですらこのルールでは緊張して、実力の何割かしか出せないんじゃない?」
「う・・・そうだな。さすがに公衆の面前でひん剥かれる趣味はないからなぁ」
「でしょう? そして、エメラルドには『遠慮なく、殺さない程度に』やりなさいと言っておいたわ。エメラルドの実力を、あなたたちは良く知らないわ」
「実力? そりゃあ魔剣インパルスの所有者だからな。強いには違いないが」
アルフィリースは悪戯っぽくその感想を笑って受け流した。
「やっぱりその程度の認識よね? 私は彼女が敵でなくて本当によかったと思うわ。彼女、あまり魔力がないからインパルスを振るうことこそほとんどなくて、そして剣を持って戦う姿もあまり誰も見ていない。訓練の時も、対人で剣を振るうことはめったにないでしょう?」
「そういえば、そうだな」
「私も最近知ったわ。ある日、『アルフィ、強くなった。れんしゅう、する』ですって。私は最近、彼女の本当の腕前を知ったのよ」
「本当の腕前だと?」
「見ていればわかるわ――そろそろ入場ね」
アルフィリースの言葉通り、タタツィーネの反対から巨大な松明を持った大男が二人あらわれ、彼らが地面に松明をかざすと油をもともと垂らしておいたのか、炎の線が道となって出来上がった。その間を、ローブにすっぽりと身を纏ったエメラルドが歩いてくる。
彼女を見ていて、アルフィリースはぼそりと漏らした。
「実は条件に関しては予めリリアムの側から申し入れがあったのだけど・・・衣装を用意できるのならなんとかしなさいとね。もし体格によって衣装が合わないと困るからですって。そのおかげで一戦目の相手はわかったけど、フォルミネーにお願いするべきではなかったかしらね」
「なんでです?」
「些か派手なのよ。ただでさえエメラルドは目立つのに」
エメラルドが陽の道を歩き終わり闘技場にふわりと飛び乗ると、同時にローブを思い切り脱ぎ捨てていた。そしてその下に隠れていた姿に、会場の誰もがあっと言った。
続く
次回投稿は、3/24(木)12:00です。