中原の戦火、その11~仕掛け~
「(ま、また人間は我を欲望のはけ口にするのか・・・こいつは多少マシな奴だと思っていたのに! やっぱり人間の男はどいつもこいつも同じことを考えているな!)」
「大人しくしろっての、頼むから」
「(断る! どうしても我を言うことを聞かせたいなら命令すればいいんだ。そうすれば我の性質上、従わざるをえないんだからな!)」
ダンススレイブはラインの下でじたばた暴れるが、ラインが何もしてこないことに気がつくと、そっと目を開け、ラインの様子をおそるおそる覗う。するとラインはダンススレイブの方など見ておらず、全力で外に注意を向けているようだ。まるで戦場にでもいるかのような緊張感である。
その様を見て、ダンススレイブは抵抗をやめ大人しくする。するとラインも悟ったのか、ダンススレイブの手を放し耳打ちをした。
「適当にあえぎ声でも上げてろ」
「は?」
「演技だ」
「・・・わかった。・・・ん・・・はぁう・・・」
そうしてダンススレイブに適当に声を出させると、ラインは忍び足で入口の扉に近づき、耳を当てる。そしてしばらくそのままに20秒ほどもしていただろうか。おもむろにラインは耳を放すと緊張を解く。
「もういいぞダンサー。すまなかったな」
「・・・どういうことだったんだ?」
「つけられてた」
「何!? いつから」
「ギルドからだ。お前、受付の女に手を出すの出さないの話をしたろ? もっともなことだよ、結構な上玉だと思ってたんだが。残念ながらあれは女暗殺者か、それに近い類いの奴だ」
「・・・なぜわかる」
ダンススレイブは全く気が付いていなかった。どうもラインの態度が普段と違うなと思ったくらいである。
「初めて行った時と、今日行った時で全く態度が違う。前回は普通の客としての対応なのに、今日に限って急に色目だぜ? 俺がこんな汚い恰好してるってのによ。こんなのに色目使う女なんざ変態だな、変態」
「そこまで言うか、自分のことだろう」
「まあでも暗殺者の類いならもっと上手く誘うよな・・・なんだろうな、あれは。もっと無機質な感じがした。何ていえばいいのか・・・」
ラインが唸り始めた。どうやらラインはダンススレイブが思っているよりも、はるかに鋭い男のようだ。ダンススレイブはラインと旅を始めてから驚きっぱなしである。ダンススレイブの記憶の中には、これほど鋭い男はいなかった。かつて勇者と呼ばれた者達ですら、もう少し抜けた部分があったはずだ。
「(我は結構凄い男を主人にしているのかもな。剣としては本望だが)」
しかしダンススレイブも素直な感動は口にしない。口にすればラインが調子に乗るのもまた目に見えているからだ。そこで黙っているものの、ラインは一度自分の思考に沈み始めると周りが目に入らなくなる時がある。こういうときは唸るラインに任せていても事態は進展しない。
それにいかがわしい宿のベッドの上で男女が2人きりで座っているという状況も、ダンススレイブは何か落ち付かなかった。このあたりは魔剣でありながら、非常に人間らしい思考回路を持っているダンススレイブである。
「ところでこれからどうする? 外にはまだ尾行している奴らがいるのだろう?」
「ああ、そんなことか。ちょっとそのベッドからどきな」
「?」
ダンススレイブが大人しくどけると、ラインはよっ、と言いながらベッドマットをおもむろにひっくり返す。するとベッドには横板が張っておらず、床には一部分だけ埃があまり積もっていない個所があった。
「ここをこうして・・・よっと!」
「隠し扉か・・・」
ラインが板の一部を叩くとその部分だけが沈み、そこを取っ手にして板を引き上げる。これは知っている者でなければすぐには気付かないだろう。板の裏は鉄板で補強されており、壊すには時間がかかるはずだ。
「こんなところにこんなものが・・・」
「こんなの、普通に生きてたら知らないだろ?」
「ラインはなぜ知っているんだ」
「日ごろの行いがいいから」
「・・・それは突っ込めばいいのか?」
「とりあえず外に出てからな。ああ、ベッドを元に戻すのを忘れるなよ」
そしてラインベッドの傍にある小さなサイドテーブルの引き出しからロウソクを取り出し、火をつけて下に降りていく。ダンススレイブも言われた通りベッドマットを元に戻しながら後に続く。
ベッドの下は洞穴になっており、じめじめしているものの2人が通るくらいならなんの問題もなさそうだった。少し頭をかがめながらではあるが、洞穴を慎重に歩く2人。
「それにしてもよくこの扉の存在に気付いたな」
「まぁな。前にこの宿を使った時に、1つだけ妙に狭い部屋があるのに気づいてな。テーブルの引き出しにはロウソクが入ってるし、なんのプレイ用の部屋かと思ったが」
「おい」
ダンススレイブが肘でラインを小突く。
「冗談だよ・・・まあその時にこの扉の存在に気付いてな。それで黙っといてやるから、俺の緊急時にはここを使わせろって言ったんだよ。どうやら昔はヤバい仕事に使われていた建物らしくて、その時の名残らしいんだが。まあ受付の男が変わってなくて何よりだったな」
「それではあの言葉は」
「ああ、暗号みたいなもんだ」
ダンススレイブが驚きに目を丸くする。ラインは至って普通に受け答えするのだが。
「こういう仕込みをいくつも?」
「訪れた町や村ではだいたい仕掛けておく。単純に人助けの時もあるし、必要があれば女もたらしこむな。ちなみにここがダメでも、あといくつかは案があった」
人をだますこともいとわないと、いけしゃあしゃあと答えるラインに多少ダンススレイブも呆れるが、そのおかげで助かっているわけだから余り文句は言えなかった。何もラインに言い返せないのはどうにも癪なダンススレイブだが、ここは大人しく黙っておいた。
そのまま通路を進むと墓地の一画に出た。
「脱出先が墓地とか・・・ベタなんだよな、この道は」
「だが隠し道を作りやすくはある。地面を掘っていてもあまり不審には思われないからな。我は理にかなっていると思うが?」
「だな。さあ、帰るか」
そうして機嫌よさそうに歩き出すライン。ダンススレイブも後に続く。今度こそ緊張が解けたのか、ラインが軽口を叩き始めた。
「しかし、あれだな・・・」
「なんだ?」
「ダンサーよ、お前妙に色っぽい声を出すな」
「!」
「今度本当に一発・・・ぐえっ!」
ゴン! という音と共にダンススレイブの拳がラインの頭に命中した。ダンススレイブが自分の主人に手を上げたのは冗談でもこれが初めてだったが、なぜか躊躇うことなく手が出てしまった。魔剣としてはあるまじき行為だったかもしれない。
「今・・・なんと?」
「だから今度は本当にやらないか、と。・・・ちょ、お前、それは倫理的にいかんだろう?」
ダンススレイブが墓石を持ち上げてラインに向かって投げつけようとしている。名前が彫っていないところをみると、どうやらまだ誰も眠っていない新しい墓石のようだが。
「心配するな・・・ちゃんと石に名前は刻んでやる」
「うおお、マジか!?」
「一回死んでこい!」
「やめろー!」
そうして墓地での追いかけっこが始まった。
「(こんな奴を一瞬でも信用しかけた我が馬鹿だった。これだから男というやつは!)」
だが同時にダンススレイブは非常に楽しくもあった。彼女がこれほど感情をむき出しに出来たのは、最初に彼女が意識を持った後に鍛冶屋の元で暮らした時以来だったかもしれない。ただその時と違い、抱いた感情が安らぎとは違うのはまた何ともいえなかったが、少しばかりの幸福感があるのはダンススレイブには否定できないところだった。
続く
前回と含めたこの内容を「こんな内容で大丈夫か?」と親しい人達に相談したところ、「セウト」「アウフ」と回答されました。どっちやねん!(笑)
確か一般的には直接的な表現が無い限り、18禁にはならなかったような・・・R指定無い小説でも、もっと過激なのはありますしね。一応R-15ならいいのでは、ということでした。
次回投稿は1/28(金)12:00です。