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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その64~追い詰める者、追い詰められる者⑥~

「なんでだ・・・なんでだ? そんなことがあるのか?」

「ゲルゲダ」


 突然背後から声をかけられ、ゲルゲダの心臓は飛び出そうなほど跳ねた。まさか背後をとられるとは思っていなかった。ゲルゲダは常に背後だけは誰にも取らせない。後ろから刺されて死ぬのが最も恥だと考えているからだ。

 だが、何の気配もなく後ろを取られた。それも百歩先を言っているはずの女に。不可解極まりない出来事だったが、それ以上に強大な魔物が後ろに立っているような気配に、ゲルゲダはぴくりとも動けずにいた。

 身の危険を感じながら、どうしても体がいうことを聞かない。そうこうするうちに、身をかがめていたゲルゲダの上から、その美しい魔物がのぞき込んできた。


「こんなところで何をしていらっしゃるのかしら、ゲルゲダ?」

「・・・言えねぇな。仕事上の守秘義務ってやつだ」

「ヴァルサスの頼みかしら?」

「だから言えねえって、言ってんだろう!」


 ファンデーヌを突き飛ばして逃げればよかった。だが威勢がいいのは口ばかりで、いっこうに体がいうことをきかない。度胸の良さだけはブラックホークの他の隊長にも負けないと思っていた。自分には惜しむほどの命も人生もないのだ。殺されることは屁でもないと思っていた。

 だが違った。世の中には殺される以上に恐ろしいことがある。ゲルゲダはファンデーヌを見て、それがわかったのだ。そんなゲルゲダを見てファンデーヌはくすりと笑うと、正面に回って微笑みかけ、なんと口づけをしてきた。舌なめずりする仕草が、美しくもあり、獰猛な獣のようでもある。


「この味・・・怯えているのね?」

「・・・どうだかな」

「心配しなくていいわ、別に責めているわけではないのだから。ねえ、それより私たちっていつも仲が悪かったわよね? そろそろ、もう少し、いえ、もっと親密になってもよろしいと思わない? 邪魔なあなたの取り巻きはいないみたいだし」

「どういう意味だ?」

「野暮ね。女の口から言わせる気?」


 ファンデーヌが胸元をはだけていた。そこから先、ゲルゲダにはっきりとした記憶はない。たださそわれるがままにその辺の連れ込み宿に入り、本能のままに相手を貪った。覚えているのは、見たこともないほど美しく柔らかいファンデーヌの肌と、質問に対して何かを話したことだけ。何かを我慢するという理性はすでになくなっており、体力の続く限り、精の一滴まで吐き出していた。

 ふっと気付くと、部屋からファンデーヌが何事かもなかったのかのように出て行く後姿が見えた。意識がかろうじて保たれたのは、ファンデーヌの視線が侮蔑に満ちていたから。取るに足らぬ小物をみるような、汚物をすすることしかできない鼠を見るような、そんな目つき。ゲルゲダは手を伸ばした先にあった花瓶を叩き割ると、それを肩口に無造作に刺して、痛みで正気を保った。


「ぐ・・・あっ! 何か・・・盛りやがったな?」


 これは毒物の類だとゲルゲダは直感した。仕事柄毒物を扱うことのあるゲルゲダなので、当然少量それらを取り込むことで、ある程度の耐性をつけてある。ゲルゲダは必至で自分のブーツに手袋に手を伸ばすと、内側に縫い付けている袋から丸薬を取り出して口に入れた。これでたいていの毒なら薄まるはずだが、効き目が出てこない。このままでは気を失ってしまうだろう。


「唇に・・・いや、髪に仕込んだ香か。化粧や香水で毒物をまき散らす・・・それで通行人が反応しないのか? いや、それだけじゃないだろう・・・ああ、くそ! 考えがまとまらねぇ!」


 ゲルゲダはとりあえず着るものを適当に身に纏うと、外に向かってふらつく足取りで向かっていた。まだファンデーヌの匂いと気配は追跡できる。今見失えば、何かが手遅れになる確信があった。その見落としにまずさが致命的になると、ゲルゲダの直感が告げる。

 そしてゲルゲダは舐められるのが何よりも嫌いだった。自分で自分は屑野郎だという自覚はあが、屑にも矜持はある。舐められたままでは引き下がれない。特にファンデーヌは、逆さ吊られてひり出た糞が、自分の顔にかかるのよりも胸糞悪いほどの仕打ちを受けた。女を犯すことはあっても、女に犯されたのでは糞野郎としても生きていけないという執念がゲルゲダを支えていた。

 ゲルゲダが倒れ込むように通りに出ると、通り過ぎる人たちの表情がぎょっとしたものになった。おそらくは、墓場で蘇ったばかりの死霊共の方がまだましという顔色なのだろう。ゲルゲダ自身も感じたことのない倦怠感に包まれていた。だが朦朧とする意識でも目標だけはしっかりしていた。本能にも近い追跡行動でゲルゲダはファンデーヌの入っていった建物を突き止めた。その建物はターラムにはにつかわしくなく巨大で、それ自体もまた巨大な魔物のように見えたのである。

 何度かターラムで過ごしたことのあるゲルゲダは、それが何かを理解していた。


「闘技場・・・か。ここで何・・・を。ヴァルサス、やばい・・・ぞ」


 ゲルゲダは呻くようにつぶやくと、その場に倒れ込んだ。暗闇に落ちる意識の中、ファンデーヌがこちらを見下しながら笑う声が聞こえた気がした。


***


「アルフィ・・・これ、マジか?」

「ええ、大マジよ」


 アルフィリース達は傭兵団を丸ごと闘技場の控室に入れていた。戦う面々は直前にアルフィリースが発表すると言ってきかず、試合開始一刻を切った段階で突如発表されたのである。その面々を見た、ラインの第一声であった。

 その面々とは、先方エメラルド、次鋒エルシア、中堅セイト、副将ヴェン、大将アルフィリースである。



続く

次回投稿は、3/20(日)12:00です。

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