快楽の街、その62~追い詰める者、追いつめられる者④~
「こ、これは・・・」
「目が覚めた? 面倒だよね、女王支配の生き物ってさ。おそらくは、オーランゼブルが本体に魔術をかけたんだろうね。そのせいで支配下にある個体までもが一斉にその影響を受けた。あるいは、君は本体を支配された後に生まれた個体なのかな?」
「・・・なるほど、先の無礼は許してあげるわ。それよりも、どうやら先に殺すべき相手がいるようですからね。ただ、問題はこの支配を解いたことが長続きしないということ」
「へえ、なんで?」
「私の本体からの命令は、どれほど遠くにあっても自動的に更新されるわ。もしその命令系統に食い込んでいる魔術だとすると、更新のたびに私には精神束縛がかかることになる。永遠に逃れられない呪縛よ」
「なるほど。ではこうしたらどうだろう?」
瞬間、ドゥームがカラミティごと犬を串刺しにしていた。悪霊の槍で貫いたその先に蟲が引っかかり、びくびくと蠢いている。その虫は尺取虫のような格好だったが、人間の口が先端についていた。その口から怒気を孕んだ声が聞こえたから、余計に不気味であった。
「何をする!」
「ありゃ? 器用に躱すもんだ。なに、ね。分身が死んでみたら、逆にその記憶が本体に反映されないかと思ってさ。アノーマリーと同じ仕組み――というか、アノーマリーが君の仕組みを真似て分身を作ったのだと思っていたけどね」
「なんですって?」
「まあやってみなよ。これなら本体の精神束縛がもしかすると、解けるかもしれないよ? そしたら、存分にオーランゼブルを殺しにいけるんじゃない?」
「むぅ・・・だが、お前の狙いはそれだけではないのでしょう?」
ドゥームが最高の笑顔でにこりとした。
「人が苦しむさまを沢山見たい。それだけではだめかい?」
「いいえ、そういうことなら協力してあげてもいいわ。でも、本当にそれだけ?」
「色々考えてはいるけどね。でも、それはお互いさまさ。これが最後かもしれないから、あと二つほど聞いてもいいかい? 君は、精神束縛がないとしたら何を望む?」
「そうね・・・せっかくこちらの大陸に出てきたのですから、大陸中に恐れられる女王として君臨するのも悪くないわね。あなたと同じよ、ドゥーム。人間は殺し尽すより、その悲哀と苦しみをずっと味わっていたい。南の大陸ではちょっとやりすぎて、ほとんど人間がいなくなってしまいましたからね。
私は人の友情も愛情も吐き気がするだけ。全員無様に裏切り合って殺し合って、蟲に喰われてその糞にでもなればいいのだわ」
「怖いねぇ。僕と違うのは、殺しきってしまうところかな。あ、あと一つだけ。正気に戻ったら、ローマンズランドはどうするのかな?」
ドゥームの言葉にカラミティはしばし考えた。目がない虫なのでその様子を伺い知ることはできないが、間をとったところを見ると、答えににくい話題なのか。ドゥームはカラミティの返事を黙って待っていた。
「・・・そうね。これも乗り掛かった舟だわ。面白い話だし、きちんと最後までやり遂げようと思うのだけど。ただオーランゼブルの望んだ形にはならないかもね」
「オーランゼブルの望んだ形?」
「一定以上のところまで侵攻したら、攻め手を緩めるように言われているわ。自由都市商業連合までは侵攻しないように言われているの」
「なるほど・・・やはりそういうことか」
「ええ、おそらくはそういうことね。だからこそ、私が楽しめるわ」
ヒドゥンは彼らのやり取りに疑問を抱いたが、何を言いたいかはなんとなく想像がついた。オーランゼブルの計画を台無しにするにはどうしたらよいのか。それはおそらく、彼らがもっとも彼ららしく振る舞えばいいのだと。
それが証拠に、とても二人は楽しそうに笑い声を上げていた。
「でも、ついやりすぎちゃわないかな?」
「それはありうるわ。ローマンズランドの軍人たちはとても優秀よ。だけど、同時に非常に規律正しくもある。戦争をどこまでやってもいいのか心得ている連中ばかりよ。
だけど、最近一人面白い人物がローマンズランドにやってきたのね。彼がいれば、あるいは――」
「あるいは?」
「大陸に覇を唱えることができるかもしれない。環境や生産性の低さという不利を乗り越えてね」
カラミティの言葉にドゥームは口笛を吹いた。それはローマンズランドが大陸を制覇するという妄想にではなく、カラミティがそれほど人間のことを高くかっている事実に驚いたからだ。
ドゥームはローマンズランドのことには関わるつもりがなかったが、少しだけ興味を持ち始めていた。
続く
次回投稿は、3/16(水)13:00です。