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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その56~蜜に群がる虫ども⑤~

 そして、さらに別の場所でもカラミティの拠点が潰されていた。ヒドゥンが逃げ出した、あの館だ。その館にいたカラミティの首を刎ねた男が座って剣の手入れをしている。大陸に名だたる勇者、ゼムスがそこにいた。そこに訪れたのは仲間の女僧侶、エネーマである。


「あらゼムス様、もう終わったのですか?」

「ああ、問題なかった。他の場所はどうだ?」

「ヤトリの手勢も使ったので、調べた限りのカラミティの拠点は潰したかと。総数6。いかにターラムとはいえ、よくこれまでばれずに過ごせていたものです」

「あるいは、わざと見逃されていたか」

「街の運営する者たちに、あるいは彼らを見逃していた者や勢力がいたのかもしれませんね。でも、黒のリリアムが参画してからは、見逃しがあったとは思いませんが」

「その黒のリリアムだが、かなりの使い手のようだ。街の自警団程度にとどめておくのは惜しいな」

「仲間にしますか?」

「さて、できるかどうか」

「できますとも。あなたの力なら」


 エネーマにとって世辞でもなんでもなかったのだが、ゼムスはふっと笑った。


「たまには私になびかぬ者にも、会ってみたいな」

「贅沢な要求です、それは。ところで、こちらは何年熟成個体だったのでしょうか」

「300年程度だろうな。下調べの上では、だが」

「これが、ここの首魁だと」

「らしいな。彼らよりもこの街に長くいる者がそう言うのだ、間違いあるまい」

「ターラムの支配者にお会いしたので」

「いや、違う。彼はそうではないと言っていた。ただの居候だと言っていたよ」

「? そんな人物がここに」

「この街は面白い。常に混沌と安定が同居しているからだろうな、私もよく訪れるのは。いつ来ても興味深い」


 エネーマは首を傾げたが、ゼムスは口を開かない時はどれだけ尋ねても何も教えてはくれない。長い付き合いでそれは理解していたので、無駄なことは聞かなかった。それにエネーマにはさして興味もないことだった。

 それよりも、床に散らばる虫の残骸を見ながら気になることがあった。


「100年から300年熟成と言われる個体でこの強さ。カラミティの発生を考えると、おそらくは1000年以上熟成された個体がいるはず。どのくらいの強さなのか想像もつきませんね」

「元の個体の強さにもよるのだろうが、私の想像だと我々だけでは少々討伐が困難となる可能性がある。フォスティナ、あるいは魔術協会か巡礼の協力が必要になるだろう」

「魔術協会はともかく、巡礼があてになるとは思えません」

「厳しいな。さすが元巡礼」

「古い話ですよ。メイソンが三番手になるようでは、とてもとても」


 エネーマは呆れたように語る。だがゼムスの方に興味があるようだった。


「伝説の一番手が帰ってきたそうではないか。アノルンとか言ったか」

「さぁ、どうですか。ただおかげさまで狂信派の連中が何やら動き回っているようです。アルネリアは無用な混乱を抱え込むことになるでしょうね」

「その狂信派なるもの、私もよく正体を知らん。何なのだ?」

「私もそれが不思議ですわ。噂だけはまことしやかに流れてくるのに、どこにもその実態が知らされない。どこぞの誰かが取り締まったとかいうこともあったそうですが、私は関わっていませんでした。一説には50年以上も活動を続けているそうですが、誰が組織して指導しているのかも謎のままです」

「それを知るためにアルネリアを抜けたのか?」

「そんなに忠義心や信仰心があるわけじゃありませんよ。単に窮屈になった、それだけです。それに、あなたに出会ってしまいましたし」


 エネーマはそっとゼムスに身を寄せようとするが、ゼムスは音もなく立ち上がり、するりと躱していた。エネーマが口惜しそうな顔をする。


「ああん、さみしゅうございますわ」

「私を貴様の欲望のはけ口にするのはやめてもらおう。さて、依頼も果たしたことだし、もうこの街に用はないわけだが」

「もう少し滞在いたしません? まだまだ催し物もありそうですわ。この街の自警団と、イェーガーの五本勝負などもある模様ですし。この街は巨大な甘い果実。まだまだ面白い者が集まっているようです」

「なるほど。他にも人知れず何かが催される可能性があるということか」

「ふふふ、この街はまだ楽しめそうですわね」


 顔を赤らめたエネーマに、ゼムスがふっと笑った。


「何を楽しむのだ?」

「知れたこと。人の不幸は蜜の味と申しますわ。それに苦悩や苦痛も、私も好むところとなります。流れる血と涙が多いほどに、私は楽しくてしょうがないのですわ」

「さすが破戒尼僧だ」

「からかっていらっしゃる?」

「いや、それでこそ私の仲間だと言いたいのだよ」

「嬉しいですわ」


 エネーマは嬉しそうに微笑むと、館を出て行こうとするゼムスについて行った。去り際、エネーマが蝋燭をつかむと火に息をそっと吹きかけ、炎を作る。その炎を見て満足そうに口の端を吊り上げると、館の中を歩きながら火をつけて回る。

 それでも何も動く者がいないことをエネーマは確かめると、蝋燭をぽいと放り投げ、長い髪をかき上げならその場を去っていった。



続く

次回投稿は、3/4(金)14:00です。

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