快楽の街、その55~蜜に群がる虫ども④~
「ボス! これで全部だ!」
「ご苦労様でした。バンドラスも」
「ヒョヒョ、まぁこんなもんじゃろ」
バンドラスが部屋から出てくると、その奥には大量の娼婦の死骸が見えた。だがそのどれもが虫に変化した後があり、まっとうな娼婦でないことは一目でわかった。
その他の部屋からも武器を携えた男たちが何人も出てきていた。彼らは一様に血にまみれており、表情は引き締まっている。戦いを終えた直後の表情であった。
「これで全部か?」
「外の連中からは何も報告がない」
「地下から抜け出たとかいう可能性はないのかしら?」
「そんなことを考えるような脳味噌が虫にあるのか?」
「さて、知恵はあるかもしれんがね。そんな用意周到なタマではないかと思うがな」
「周囲に張った結界は、地下深くまで及びます。まず逃げ出した連中はいないでしょう」
「ならば掃除は終了ということじゃのぅ」
口々に情報交換する戦士たちに、バンドラスが締めの言葉を付け加えた。その言葉を持って、戦士たちの長と思しき男が手を叩いた。
「はいはい、みなさんお疲れさまでした。館の後始末に入りますので、準備をしてくださいね」
「燃やしますか、ボス?」
「いえいえ、いつも通りです。虫の死に際に金は必要ないでしょうから、きっちりいただいておきましょう。珍しいものもあるかもしれませんから、それもね」
「盗賊の儂が言うのもなんじゃが、それでは火事場泥棒と同じではないかね?」
「まだ火はつけていませんよ。それに私が最初に財を成したのも、戦場での出稼ぎでしたしね」
「そういえばそうじゃったな。それになんにでも興味を持ち、入り捌く貪欲さ。さすがに大陸で第三位の勢力を持つ商人だけある。死の商人っぷりもアルマス以上よな」
「ははは。アルマスほど大規模に暗殺を請け負ってはいませんがね。私は主に戦場が専門ですから」
「血なまぐさいのはお互いさまじゃろうが。獣人どものフェニクス商会が一番まっとうな経営をしているとは、なんとも皮肉なものよ」
バンドラスと商人ヤトリが会話をする傍で、戦士たちと乗り込んできた他の者達が凄まじい勢いで死体の処理と、家探しを開始していた。何にも遠慮することなく、暴力的に装飾を破壊し、金目のものは全て袋に詰めて回収されていく。虫たちとなった女が身に着けていた装飾品も、片端から奪われた。
ヤトリはその様子を満足そうに見ながら、煙草をふかし始めていた。
「しかしこれが世を騒がせているカラミティの一部か。思ったより大したことはないですなぁ」
「一応頭らしき個体が200年熟成型とか言っていたかの? もし取りついた年数が強さに直結するのなら、相当厄介じゃのう。さっきの個体、200年ほど前に実在した娼婦のもののはずよ。顔に見覚えがあるからな。
仮に元の個体の特性が反映されるとして、200年であの強さなら、元の個体が戦闘に秀でていて、なおかつそれ以上に年数が経っているとすると非常に厄介といえる。500年も経っていれば、ゼムスでも苦戦するかもしれんな」
バンドラスの言葉に、ヤトリは少々考えてから答えた。
「ま、やりようはいくらでもあるでしょう。だから『策士』がローマンズランドに乗り込んでいるのでしょう? 真っ向から戦う必要なんて、まったくないのですから。やるなら後ろからひっそりと。速やかに、犠牲を厭わず。それでやれない相手はいませんよ」
「お主がやるのか? 儂ももう年じゃからのう、頑張るのはごめんじゃぞい」
「よしてくださいよ、ご老体。あなたの寿命なんてしれたものじゃないんだから。今だって口調が老人っぽいってだけで、肉体的には一切衰えてないんでしょう?」
ヤトリが煙草をふかす。その煙を横に、バンドラスはにやりと笑っていた。
「まぁ、いざとなれば儂らが勢ぞろいすればなんとかなるじゃろうな。大陸が崩壊するようなことになれば、儂らも安穏と旨い蜜を吸い続けることはできん。その前に摘める芽は摘んでおかねばの」
「そりゃあそうでしょう。私の富も、適度な戦いと、おおよそ平和な世の中があってこそですからね。まるで戦いのない世や、変に道徳観だけが発展するのは困りものですが、魔物が跋扈する世の中では売るものも売れませんから。何せ魔物は貨幣の価値を知らない」
「それはそうじゃがの、おぬしまさかエクスぺリオンを売りさばく気はないであろうな?」
バンドラスの言葉に、ヤトリがにたりと黒い笑みを浮かべていた。
「いけませんか?」
「あれは人の手に余る。儂もその辺の浮浪者や犬に与えて実験したが、どうも反応が一定しない。投与方法や量によっても、どうやら色々と結果が違うようだ。あれを作った奴は本当に人間ではない。精霊のごとき知性――いや、魔王のごとき知性と呼ぶのかな。それを持っている。
忠告するぞ、エクスぺリオンには手を出すな。あれは不幸を呼び寄せる。身の破滅につながるぞ」
「ご忠告どうも。でも、私もいつまでもアルマスの下に甘んじているつもりはなくてね。この身も人生の半ばを過ぎようとしています。私は自分が築いたものを誰かに遺そうなんて考えていませんし、私自身がどこまでいけるか見てみたいのです」
「・・・まぁヌシの人生じゃから好きにするとよいだろうが。儂は助けんぞ?」
「構いませんよ。そもそも私たち勇者一行に、戦闘以外の協力態勢なんてないんですから」
「ふん、好きにせぇ」
バンドラスは諦めたように吐き捨てると、首を振りながら館を出て行った。その道すがら、別のことを考えていた。
「(はて・・・この街に巣くう妙な気配はカラミティのものと考えておったのじゃが、少し違うようじゃの? とすると、また別の何かがおるということか? 儂がこの街におるうちに、片付けておくかのう。ターラムの裏の治安まで乱されてはかなわんでな。こんな街でも生まれ故郷じゃしのう。澱みは適度じゃからええのじゃ、深すぎる澱みはただの腐臭よ。物事は何でもほどほどが一番じゃからの)」
バンドラスは指笛で自分の部下を呼びつけると、さっそく彼らに指示を飛ばしていた。
続く
次回投稿は、3/2(水)14:00です。