中原の戦火、その10~監視の目~
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一方こちらは無事トリメドに帰ったライン達。思わぬ時間を喰ったため、とりあえず一度レイファンの元に顔を出し、無事を確認してから首都セイムリッドの様子を見に行くことにした。ザムウェドで費やした時間の分、既にゼルバドスの情報も集まっているだろうとラインは考え、その足をギルドに向ける。ゼルバドスの情報を掴んでからセイムリッドに行った方が有効だと判断したのである。
そしてギルドに来たライン達。受付を見ると、以前の受付嬢が今日も座っていた。
「おーい、姉ちゃん。情報は集まってるか?」
「えーと・・・」
「ラインだよ。覚えてねぇか?」
「あ、はいはい。ただいま問い合わせてみるので、少々お待ちくださいませ」
そうして受付の女性は奥の人間に声をかけると、これ以上ないくらいの笑顔で彼女はラインに愛想を振りまいている。だが不思議なことに、当のラインは女性のことなどどこ吹く風で店の様子を見まわしているだけだ。ダンススレイブが見ても、いや、子どもが見ても受け付けの女性がラインに客以上としての愛想を振りまいているのはわかるのだが、そのことをラインが気が付いていないのがダンススレイブには不思議だった。むしろ、あえて気づかないようにしているのかもしれない。
ダンススレイブと2人で旅をしている間、外見上は女性に見えるダンススレイブが傍にいるにも関わらず女性とみれば声をかけ、見事な間男っぷりすら発揮するラインをダンススレイブは何度も見ている。そのため彼女はラインを完全な助平男と思っていたのだが、どうも様子がおかしい。
一方で受付の奥ではもう1人の女性が何かを探しながら、同時に奥にいる男性に声をかける。
「あの男が例のラインという傭兵です」
その事実だけ告げると、何事も無かったかのように女性はいそいそとラインの依頼に関する資料を集めていく。
「ふむ・・・」
「彼がそうなの、サイレンス?」
「だ、そうだよアノーマリー」
「ふぅん・・・」
サイレンスと呼ばれたのは、いつもドゥームやアノーマリーと行動を共にしていた紅顔の美青年。ダルカスの森ではアルフィリース達の戦いを上空から見守っていた彼である。サイレンスはゼルバドスについて探っている者がいるとの連絡を受けてこちらに赴いたのだが、たまたま用事があってこちらの近くに来ていたアノーマリーと合流したのである。
「本来ヒドゥンの仕事なのに、サイレンスもご苦労な事だよ」
「まあそれは仕方ないでしょう。兄弟子様は私達と違ってそんなに自由のきく身ではありませんから。それより名前をあまり連呼しないでいただけますか? あまり好きな名ではないのです」
「じゃあどう呼べばいいのさ? イケメンとか?」
「それも嫌です。好きでこんな顔をしているのではありません」
「贅沢な悩みだね。ボクの顔を見ろっての」
「貴方は好きでその顔をしているのでしょう?」
「それは言いっこなし。でも職業名で呼ぶと、君の場合、全部能力がばれちゃうよね?」
「そうですね・・・やはり名前で呼んでください」
「最初からそうすればいいのに・・・」
くどくど言い合いながらも、2人はラインの様子を物陰から見ている。資料上では女好きとの報告を受けていた2人だが、目の前の受付嬢には目もくれていない。受付嬢が少し胸を強調するようなポーズをしながら気さくに話しかけても、どこか上の空だ。
「で、あの傭兵どうするの? 殺しとく?」
「いえ、とりあえず様子を見ましょう。彼はもしかすると我々の役に立つかもしれませんよ?」
「そうかなぁ・・・そんな間抜けには見えないけどなぁ・・・」
アノーマリーが腕を組み、首をひねる。
「まあ殺すのはいつでもできるでしょう。それよりも泳がせる方が面白い。彼が我々に牙を突きたてられる存在かどうか、ゆっくり判断しようじゃありませんか」
「そういうことならいいけど。油断しすぎないようにね、人間もバカばっかりじゃない」
「それはもう」
そして2人はクスクスと笑うとその場から姿を消した。2人の立ち位置はラインから見えるはずがないのだが、ラインはなぜかその方向を目の端で確認していた。
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「どうだった情報は?」
「ああ、結構集まったぜ。どうするかはおよそもう決めた。まだ会ってない情報屋もいるから、最終的には明日の昼に決めようかとも思うんだが。だがまあ3人の情報を聞く限りではどいつも似たようなことを言っていたから、新しい展開はないだろうがな」
依頼に関しては滞りなく終了しており、様々な情報をラインは得ることができたが、一言でゼルバドスのことを表現するなら『謎』だった。
実際に謎だらけだったわけではない。出身は南のトラガスロンとの国境付近にあるフェッテという寒村であり、身長は175cm前後、中肉中背で特に美男子でもなく、外見上はぱっとしない男。だが誰にでも人当たりは良く、身分の高い貴族の機嫌をとるのも上手かったが、下々の使用人や宮廷に出入りをするような配達人にまでちょっとした挨拶や気遣いを欠かさない男。そのためゼルバドスの事を悪く言う者は誰一人おらず、彼が死亡した時は葬儀に貴賎の別なく、3000人もの人間が出席したのだとか。
他にも彼の食事の好き嫌いから好きな服装、果ては女性の好みまで調べ上げられたが、彼には恋人はおろか個人的に親しかった者すら皆無だった。しかもほとんど同じ報告を3人ともラインに行ったのだ。ラインはそれぞれ別の内容を調べるように指示した、にもかからわずである。
「(ますます怪しい奴だ・・・『自分はこういう人間だ』と予め決めてあったかのように。こいつはもう少し詳しく時間を取って調べる必要があるな。手遅れじゃなきゃいいが・・・)」
だがそんなラインの物思いはダンススレイブには伝わらない。彼女は覗きこむようにラインに聞いてくる。
「では今後の予定は?」
「いや、顔が近い、近いって!」
「なんだ、面喰いよってからに。我に欲情でもしたか?」
「するか!」
ふふ、と艶にダンススレイブが微笑んで見せる。ラインが「けっ」と悪態をついて見せるが、かなり色々な事を考えていた時の不意打ちだったため、思わず赤面をしてしまった。なにせうっかりダンススレイブの魅惑的な谷間に、目が思わず止まってしまったからだ。
普段はラインは考えないようにしているが、ダンススレイブがかなり魅力的かつ美しいことはラインも内心認めてはいる。ラインが見てきた中でも、少なくとも5指には入る美女であることには間違いがない。ダンススレイブが魔剣でなければ、とラインが思ったのは一度や二度ではなかったのだ。
だがさすがに魔剣を押し倒すのはぞっとしなかったし、最中に彼女が剣に戻ったらなどと考えると、縮み上がる物があったのは否定できない。それに彼女をいざというときは剣として振う者として、剣先が瞬間たりとも鈍るような関係にはなりたくなかった。剣先の迷いが死につながることはもちろんなのだが、彼は普段がどうあれ剣士としては非常に誠実な男だったのだ。
真面目な思考を崩されたラインが、やや面倒くさそうに説明をダンススレイブにする。
「それはここで話すよりもレイファンもいる場所で相談する。とりあえずレイファンの所に戻ろう。あの娼婦どもが何をしているかわかったもんじゃない」
「それは誰のせいなんだ?」
「やかましい」
ラインにいつもの調子が戻りつつあった。当座の危険を離れてほっとしたのだろう。口ではなんのかんの言いつつも、ダンススレイブはここ何日か口数の少ないラインを心配していたので、彼に普段の調子が戻ってきて何よりだと思っていた。
それもあってラインを茶化すダンススレイブ。
「ところでラインには珍しかったな」
「何がだ?」
「あの受付嬢のことだ。お前に色目を使っていただろう? まさか気づいていなかったわけでもないだろうに、いやにそっけなかったな」
「ああ、それはな・・・」
ラインが妙にニヤニヤしながら急にダンススレイブの方を見る。その目に妙な光が宿っているのを、ダンススレイブは気がついた。
「ところでダンサー」
「うん?」
「俺、急にムラムラして来たんだが・・・ちょっとすっきりさせてくれないか?」
「は? 突然何を言って・・・お、おい!」
そうしてラインは急にダンススレイブの手を引っ張り、その辺にある連れ込み宿にかけ込む。もとが娼館に向かっていたため、周辺は既にそういったいかがわしい店で一杯だ。そして宿に入ると受付の男に金貨を一枚投げながら、
「104号の部屋は満員か?」
「1人だけ空いてるよ」
「そうか」
とだけやり取りすると、ずかずかと奥の部屋に進んで行く。そしてダンサーを無理矢理部屋に押し込むと、そこはベッドが1つ置いてあるだけで、ほとんど余分な空間の無い異常に狭い部屋だった。ベッドの周辺をかろうじて歩きまわれるくらいのスペースがあるくらいで、横には小さな引き出し付きのサイドテーブルが1つあるだけだ。部屋に対してベッドが妙に大きく、せめて1人用の小さいベッドにすればもう少し空いた空間が使えそうなものなのだが。
そのベッドの上に、ダンサーをぽいとラインは放り投げる。そしてダンサーの上に、ラインは遠慮なく覆いかぶさってきた。
「な、な、な・・・我に何をするつもりだ!」
「すっきりしたいっていったろうが。黙って咥えな」
「んなっ・・・むーっ!」
とラインがダンススレイブの口を手で塞ぐ。ダンススレイブは足をじたばたさせて抵抗しようとするが、ラインはそんな彼女をいとも簡単に組み伏せた。そしてラインの顔がダンススレイブの顔に近づいてくる。
続く
次回投稿は、1/27(木)12:00です。