快楽の街、その54~蜜に群がる虫ども③~
「全員、周囲を警戒しつつ、目標に前進。周囲一般家屋への被害状況と、対象の損害状況を確認しろ」
「踏み込みますか?」
「魔晶石の重装備をした者だけを先行させる」
「私も行きましょう」
「頼む」
ウルティナが名乗りを上げると、重装備の騎士たちと前進する。だが、彼らが突入する前に、吹き飛んだ二階の場所からふわりと人が降り立っていた。茶色のローブに身を纏ったその姿は魔術士のようでもあったが、ローブの下には黒字に桃色や金色の刺繍があしらった服を着ており、その派手さはまるで道化師のようでもあった。
男は激しくむせこみ、涙目になりながら騎士達に話しかけてきた。
「げほっ、げほっ。ちょいと雑にやりすぎましたかね。ああ、みなさん踏み込むのはやめた方がいいですよ、危ないですから」
「何者!」
「こういうものですよ」
魔術士は懐から紋章を取り出した。鎖でもって封じられた翼と角のある異形の図。武器以外の見慣れぬ紋様は、その者がランクSである証明である。ウルティナはその紋様に覚えがあった。
「勇者ゼムスの一行・・・」
「一応パーティーを組ませてもらっています、魔術士ダートです、お見知りおきを。ところでアナーセス! そろそろ出てきたらどうですか?」
「おうよ!」
白煙の中から、巨漢がのっそりと姿を現した。だがなぜか下半身裸だった。上半身も部分的に鎧を付けただけなので、ほとんど裸同然だった。女性騎士たちが思わず目をそむけ、他の者もあっけにとられていると、その大男の両手には何かぼろきれのようなものが握られていた。
ダートもきまずそうに、仲間の方を見守っていた。
「服くらい着なさいといったでしょう!?」
「がはは! 鎧などなくとも、俺に攻撃は効かん!」
「そういう問題じゃなくてですね・・・ああ、すいません。ちょっと頭が残念な感じなもので」
「ダート、まだ息の根は止めてないがどうする!?」
アナーセスが二階から放り投げたものは、なんと女性であった。糸の切れた人形のように落下したそれは、嫌な音を立てて地面に投げ捨てられた。血がじわりと広がるのを見ると、何名かの騎士たちが寄ろうとしたが、その上から追いかけるように飛んできたアナーセスが彼らの腕と背中を踏み抜いていた。
そして顔を上げて悲鳴を上げた女性を見て、騎士達は凍り付いていた。姿は人間でも、その顔は虫そのものだったからだ。いや、虫よりもおぞましき異形。それらがきぃきぃと鳴くさまに、騎士たちは誰もが声を失くしていた。
かろうじてウルティナが問いかける。
「それは・・・?」
「見てのとおり、蟲に寄生された人間ですよ。もっと具体的に言うなら、カラミティの分身ですね」
「カラミティ!?」
「黒の魔術士ですよね? 知っていますよ、私たちは勇者の一行なのですから。敵である魔王のことくらい、知っていて当然でしょう?
彼らはこのターラムに長いこと根を張っていたのです。気づかれない程度の犠牲を出しつつ、また娼館として利益を上げる。虫に操らせれば女たちはカラミティの言いなりでしょうから、どんな無茶な客の要求にも応えるでしょうね。蜜と壺の花亭は、そういう客の間では有名でした。人が帰ってこなくても大きな声では言えないし、そもそもお遊びが過ぎたのだろうで片付けられます。いい商売ですよね。
そして得た金は黒の魔術士の資金源に、ってところでしょうか」
「どうしてここのことを?」
「客だ!」
降りてきて大声で応えたアナーセスの頭を、ダートがぱん、とはたく。
「失言です、聞かなかったことにしてください」
「なぜだ? お前だって――」
「ともあれ、面白いことに気づきました。見ていてください」
ダートがアナーセスの言葉を遮るようにぱちんと指を鳴らすと、建物からはさらに爆発と火の手が上がった。中からは、次々と火に包まれた女たちが出てくるが、そのどれもが異形だった。だが中にはそれなりに無事な個体も多く、一斉にダートとアナーセスめがけて攻撃を始めた。
アナーセスはその巨体でダートをかばうように立つと、その体に多量の飛来物が襲い掛かる。いつぞやクルムスの戦いで多くの傭兵の体を抉ったその弾丸は、全てアナーセスの体で止められていた。
ありえない出来事に虫たちはきいきいと騒いだが、突如体の一部を甲殻類の挟みや鎌のように変化させると、アナーセスに飛びかかってきた。だがその瞬間、アナーセスは背中を踏んづけていた個体を、思い切り踏み抜いたのである。
「ぐははは!」
そうすると、飛びかかろうとした個体たちも力なく、飛んだ勢いそのままに、高笑いするアナーセスの体に当たっただけでこと切れていた。そして焼けながら悶えていた個体たちも、一斉にその活動を停止していたのである。
突然静かになった周囲に、神殿騎士たちはざわめいていた。
「これは?」
「カラミティの個体は、どうやら女王依存性の虫のようですね」
「女王依存性?」
「虫の中には、集団生活を営むものもいます。それも人間のように階級社会を成立させ、頂点となる個体に全てが従う社会を形成する場合も。頂点が死ねば次の者が頂点の個体へと入れ替わりますが、稀に頂点が死ぬと全滅する個体もいるのです。そういった個体を頂点依存性、あるいは頂点のみが次世代を生む能力を有することから女王依存性社会と言います。
カラミティは見てのとおり虫を人に寄生させて操りますが、女王が死ぬと全て死ぬようです。この集団の頂点は、今踏み抜いた個体でしたよ」
「これでカラミティが死んだと?」
「まさか? 確認しているだけで、あと数か所同じような場所がターラムにはあります。もっともそれらも、今頃私たちの仲間によって全滅しているでしょうが・・・」
ダートが空を睨む。同時刻、確かにターラムの各所では同じようにカラミティの巣窟を襲撃している者たちがいた。
続く
次回投稿は、2/29(月)14:00です。