快楽の街、その53~蜜に群がる虫ども②~
「お前のことは人づてに聞いている。最強の騎士になりたいのだろう?」
「はい」
「私も最強になりたいと考えたことがある。そして今の地位にいる。いまだ最強には程遠いだろうが、それでも道半ばだと信じている。まだ私は強くなるだろうし、そうあってほしいと願っている。
だが同時に、色々な迷いがある。最強とはなんなのか、何をもって最強とすればいいのか、最強になってどうなるというのか――迷いなど、強くなるには不要だというのにな。ただ一つ、私にあればいいと思ったのは、強くなるためのもっと強い動機だ。いかなる状況にあっても揺らがないその動機さえあれば、本当にいつかその座にたどり着くこともできるのではないかと考えている。アルベルトがそうだったようにな」
「なれますか、俺が最強に」
「お前次第だ。だがそのために、今は学ぶことも必要だ。時に剣を振るだけでなく、他のことも考えろ。良き戦士は良く学ぶ。お前は頭を使うことが苦手そうだからな」
その言葉にジェイクが困惑した顔になったので、マルドゥークは相好を崩して席を立った。ジェイクの頭の上に手を置いたのは、無意識だった。
そしてジェイクから見えないところに行ってから、マルドゥークにウルティナが声をかけた。
「失礼ですが、『狂信者』マルドゥークにそんな一面があったとは」
「それは私の一面に過ぎない。戦闘になれば誰より苛烈なのは、巡礼であれば当然だ。お前もそうだろう」
「確かに。しかし、あなたが強くなる理由というのは、聖女アルネリアへの妄信だとばかり」
「それは後天的なものだ」
「最強を目指した理由を伺っても?」
「私にもこう見えて、幼年時代はある。他愛もない競争だった、誰が一番強くなるのかと。競い合い、強くなり、そして私以外誰もいなくなり、仇も討って何も目標がなくなった。それだけだ。私は聖女アルネリアを崇拝しているが、それが全てというわけではない」
「・・・」
それきりマルドゥークは語らず、元の寡黙な男に戻っていた。ウルティナは出撃前の準備を進めながら、ふと考えることがあった。歴史の長いアルネリアには、当然色々な勢力や派閥がある。貴族と平民の二分派閥もそうだが、選定された聖女に仕える穏健派や、積極的に他国の政治に関与すべきという過激派もいる。もちろんラペンティのような実力を伴う行動派もいれば、ただ議論と愚痴をこね合う連中もいる。
その中に、聖女アルネリア狂信派と呼ばれる一派がある。これは聖女アルネリアを崇拝するあまり、今の聖女選定を廃止し、原典たるアルネリアの教義に全て従うべきという最も過激な派閥である。ともすれば、現在のアルネリアの根底を揺るがしかねない派閥だ。
ウルティナはミリアザールのことを信用していない。彼女が魔物だからではなく、全体を見過ぎて個人を殺すやり方が好きではないのだ。だからミリアザールの命令を良しとせず、なおかつ彼女にある程度抵抗できるラペンティの一派に属しているのだが、アルネリアという機構そのものを壊したいとは一度も考えたことがない。だから、もしラペンティの一派にアルネリアの転覆を目論む者が現れたら、処分するべきとすら考えている。そのためにも今の立場は都合がよい。
最初マルドゥークが狂信派の長だと考えたことがあるが、今の言葉には真実があった。どうもマルドゥークが狂信派でないとすると、狂信派を動かしているのが誰なのか見当もつかない。最初は熱烈に、しかしいつの間にか静かに広がる狂信派の動向が、段々と恐ろしく感じられてきたウルティナだった。派閥がいまだに広がり続けていることを考えれば、長はそれなり以上の実力者のはずだが。
「(ひょっとすると、先の暗殺騒ぎも・・・?)」
ウルティナの考えは尽きるところを知らなかったが、時は待ってはくれない。考えをまとめる前に、彼らは既に蜜と壺の花亭の前に到着していた。既に道路は封鎖済み。わずかな浮浪者がいたが、それらも全て退避させている。ヴォルギウスのところにいた男から得た情報では、この建物に間違いない。随分と奥まったところにある娼館であり、見た目ではまるで周囲の家屋と遜色がない。ただ、花の周りに集まる虫たちの看板が目印になっていなければ、見落とすくらいのみすぼらしい建物だった。
飲食店にありがちな看板かつこんなうらぶれた場所にあっては、見落としてもしょうのないものだ。事実、一階は飲食店に偽装しているようだ。店の常連でないと知らない娼館というのは、遊び心満載のターラムとしてはありふれた手段でもある。
昨日下調べしたところでは、ターラムでも蜜と壺の花亭というのは非認可の娼館だそうだ。ターラムにもこういった娼館はそれこそ星の数ほどあるが、その多くは正当では扱えない快楽を追求したものとなっている。だがこういった趣向の客は思ったよりも世の中に多く、また正当な届け出を出している娼館では客としての履歴が残ったり、身分の届け出が必要な場所も多いため、身分を隠したい貴族や身分の者が通うには、届け出のない娼館というのは欠かせなかった。
そんな事情だから、非認可の娼館はイタチごっこのように摘発と出現を繰り返している。なので非認可のものとなるとその経営は長くても数年のようだが、この娼館はもう数十年も続いているとのことだった。細々とやっているのだろうが、その点だけは異色といって構わないだろうとマルドゥークもウルティナも同意した。
早朝であることも手伝ってか、建物に人の気配は少ないように感じられた。既に店も閉まっており、店の正面には『閉店、昼食は正午から!』と書きなぐってあるため踏み入ってもよいのだが、マルドゥークが神殿騎士配属のセンサーに命じさせて、中の様子を探らせていた。
「どうだ?」
「センサーを妨害するための魔術が張り巡らせてありますが、粗雑な物です。ターラムにはよくあるもので、別段おかしなところは特に」
「ふん、娼館ではその中身が知られてしまうと大変だからな。どうせその辺の魔術士崩れが作った結界だろう。中の様子はわかるか?」
「時間はかかりますが、突破はできるかと。一部厳重な部分もありますが、ほんの一部屋くらいです。これを外から気付かれずに突破するのには時間がかかりますから、中に押し入ったほうが早いかと」
「なるほど、ならばおおよその様子がわかれば十分だ。どのくらいかかる??」
「ここに到着した時から始めていますから、そろそろ・・・なんだ?」
センサーである団員が焦りの色を浮かべた。マルドゥークがその異変を問いただす前に、目の前の建物では変化が起きている。ぶすぶすと黒い煙が窓のそこかしこから上がったかと思うと、突然閃光と共に、爆発が起きた。
神殿騎士団は熟練の騎士団である。無用な騒ぎ立てこそしなかったが、控えていた多くの者が身を守りながら、周囲を警戒する者、次の爆発に備える者、傍の建物への被害を防ぐ者など様々であった。だが分隊長たちはいち早く、マルドゥークの方を見て指示を仰ぐ。マルドゥークの決断は早い。
続く
次回投稿は、2/27(土)14:00です。