快楽の街、その52~蜜に群がる虫ども①~
ジェイクが宿の階下に降りると、既に用意を終えた団員がほとんど勢ぞろいしていた。ジェイクは慌てて彼らの元に走り寄った。
「遅れてすみません!」
「ああ、まだ最後じゃないさ。それより、女連れとはやるな?」
「いえ、そんなんじゃ」
「いいことだ、帰るところがあるというのはな。家族だろうが恋人だろうが、大切にした方がいい」
「・・・はい」
ジェイクと年配の騎士のやりとりをウルティナは見ながら、自分がリサに言った言葉を反芻していた。今回の遠征は後方での帯同のみだが、遠からずジェイクはその才能を発揮し始めるだろう。その際、どのくらいジェイクに自由が残されるのか甚だ疑問だ。今のうちに自由を謳歌させてやりたいが、そういうわけにもいかないのがウルティナには歯がゆかった。ウルティナは自分を情に厚い女だとは思っていないが、酷薄だとも思っていない。そんなウルティナの思案顔を見たのか、マルドゥークがウルティナの肩に手を置き、ジェイクの方に歩いて行った。
「騎士ジェイク、少しいいか」
「なんでしょうか、マルドゥーク隊長」
「かしこまらなくていい、楽にしろ」
ジェイクに座るように促すと、マルドゥークもジェイクと斜めに向かい合うように椅子に座った。
「今日の任務、やることはわかっているな?」
「隊長の傍で後方支援。特に指揮の様子を学ぶこと、と言われていますが」
「その通りだ。時に指揮官の目線が必要になることもある。今回はそれを学んでもらう」
「俺――私には早すぎる気がします」
ジェイクの目は困惑の色を浮かべており、それも尤もなことではあったが、マルドゥークはやんわりとジェイクを諭した。
「なるほど。確かに普通ならそうだろうが、お前は自分が普通ではないことをもっと自覚するべきだな。その身はもはや一神殿騎士でありながら、他人に期待を一身に背負う立場でもある。自覚はあるのか?」
「いえ。正直ありません」
「・・・謙遜ではないようだ」
マルドゥークが渋面を少し崩して、ジェイクの頭を撫でた。マルドゥークらしからぬ行動に、ウルティナが目を丸くしていた。
「その年で従騎士ではなく、正騎士になるだけでも大したものだ。もう少し増長した方が可愛げもあろうに、お前の目標は遥か先ということか」
「そう、ですね」
「歯切れが悪いな?」
「最近、強い人を知るたびに自分がいかに無謀であるのかを思い知らされます。マルドゥーク隊長もそうだ、向かい合っているだけで強いのがわかる。魔物相手には何度か勝利を収めましたが、人間相手にはとても。神殿騎士団の中では最弱といっても過言ではないでしょう。それがどうして最強などを目指せるのかと――」
「同じ思いを私も抱いたことがある」
マルドゥークの返事に、ジェイクが下げかけた顔を上げて、思わずその目を見ていた。マルドゥークの視線は真剣だった。いや、いつも真剣な表情をする男ではあるのだが、一層その表情が真剣に感じられた。
続く
次回投稿は、2/25(木)14:00です。