快楽の街、その51~黄金の夜の闇②~
カラミティがすっと手を振り上げた時、ヒドゥンが質問を投げかけた。
「一つ聞く。エクスぺリオンをばらまいたのは貴様か?」
「ばらまく? アノーマリーが作った分をある程度私の管理下で試すのは、元々決まっていたことだと思うけども」
「お前の知らないところで使われた可能性は?」
「私はこう見えて決まり事は守る性格でね、言われたこと以外はやってないつもりよ。それに私の命令に反する部下がいるはずもなし。それよりもドゥームの部下が最近この街に自分の城を作っているわ。そちらではなくて?」
「そうか・・・ならばよい。では私もお前に用はないな!」
ヒドゥンの口から血があふれる。ヒドゥンが舌を噛み切ったのだとカラミティが気付いた時には、ヒドゥンが血を操り、抑え込んでいた配下の頭や手足が吹き飛んでいた。それでも拘束が弱まったのは一瞬であったが、ヒドゥンはその一瞬を利用して拘束を脱出。身を丸めて背後の窓を突き破ると、ターラムの夜に消えていった。
カラミティは突き破られた窓から、ターラムの闇を見下ろしていた。
「逃がしたか、さすが逃げ足だけは速い兄弟子様。それにしても上手く潜り込んでいるつもりだったけど、こんなことで公になるなんてね。ヒドゥンに魔術を仕掛けた相手が誰かはわからないけど、少なくとも場所を変える必要はあるわね。ヒドゥンと渡り合って生きているだけでも、相当の使い手であることは間違いなさそうだし。面倒くさいわねぇ、全く」
カラミティが掌をひらひらとさせると、部屋にいた娼婦や召使たちは一斉に部屋を出て行った。そしてカラミティが次に移動するべき候補地について考えようとした矢先、部屋の外で短い悲鳴と、召使たちが崩れ落ちる音が聞こえたのである。
カラミティが部屋の入口へと意識を向けると、驚くほど堂々とその人物は姿を現したのである。
「あら、あなた確か――」
だがカラミティが何事かを言う前に、カラミティの視界は上下が逆さまになっていた。それが首を一瞬で落とされたのだとカラミティが理解する時には、宙に舞った首は剣で刺しぬかれていたのであった。
***
夜が明けて。神殿騎士団は出撃の準備をしていた。ヴォルギウスを訪ねた時に得た情報を元に、調査をするためである。娼館が営業を終える早朝を狙い、訪れる算段だった。状況次第では戦闘になるかもしれないとの予感から、それぞれが戦闘準備をしていた。ジェイクももちろん例外ではない。
「もう行くのですか?」
「うん」
リサが落ちそうな瞼を堪えながらベッドから体を起こす。既に準備を進めているジェイクは着替え中であり、わずかな朝日に映える一際広くなった背中が、少年から青年への過渡期を思わせた。
昨夕遅くにジェイクの陣中見舞いをしようと訪れたリサだが、ジェイクは早朝の出撃に備えて既に就寝前であった。リサはそのまま帰ろうとしたが、夜道は危ないとのことでジェイクがリサに宿泊するように勧めたのであった。リサへの気遣いかジェイクには個室が与えられたが、ベッドは一つ。ジェイクが幼い頃はよく共に寝たとはいえ、もうその意味は違ってくる。リサの頭の中ではウルティナの助言がぐるぐると回りまんじりともしない夜であったが、当のジェイクはとっとと深く寝てしまい、リサの心配などどこ吹く風だった。
ジェイクにとっても任務の前の大切な休息。何度か任務をこなしたジェイクとしては、その他のことは頭の中から完全に締め出されていた。騎士としての成長を嬉しく思う反面、どこか寂しく思うのは贅沢だろうかとリサは思いながら、ジェイクの着替えを手伝った。
「いいよ、リサ。自分でできる」
「何かしてあげたいのですよ。いけませんか?」
「恥ずかしいだろ」
「黙ってさせておけばいいのです。それもまた男の甲斐性というもの」
「ほんとかよ」
ジェイクは苦笑しながらリサの助言に従ったが、準備を一通り終えるとすぐさま剣を装備し、鎧を着こんでいた。その装着の早さに、驚くリサ。
「すっかり騎士ですね」
「形だけは。まだ神殿騎士団で活躍とか、そういうことには程遠いんだ。実力が足らない」
「南の大陸では活躍したと聞きましたが?」
「たまたまだよ、生きて帰るのに必死だった。ラファティみたいには早々なれないことはわかってる。それに練習でも、アリストさんからまるで一本取れる気配がない。戦えば戦うほど、彼らが遠く感じるよ」
「彼らは大陸でも最強の騎士団の中でも、その最精鋭。そうそう追いつけるはずもないでしょう。焦ることはありません」
「焦りもするさ。戦いがあるうちは自分の力を証明できるけど、平和になると機会は訪れないかもしれない。でも、そう考える自分が時々嫌になるから。なんだか戦いを求めているみたいでさ」
「それは・・・」
確かに今まで自分が気づかなかった矛盾だと、リサははっとした。だがリサが悩むうちにも、ジェイクは部屋を出て行こうとする。
「・・・とにかく、今日は早々危ないことにはならないと思う。調査の手伝いはしないといけないだろうから帰りはいつになるかわからないけど、今日は俺からそっちを訪ねるよ」
「え、ええ。気を付けて。でも、どこへ行くのです?」
「それは言えない。任務だからね」
ジェイクはそう言い残して部屋を出た。リサは一抹の不安と共に、ジェイクの背中を見送っていた。
そしてジェイクは神殿騎士団の面々と共に、宿を出発していた。目指すは蜜と壺の花亭ということだ。
続く
次回更新は、2/23(火)14:00です。