快楽の街、その50~黄金の夜の闇①~
「さて。予約もなく私の閨を訪れるからには、緊急の案件なのでしょうね?」
「そうだ。だがそれより前に、そこのベッドで寝ているゴミを片付けたらどうだ?」
「ああ、あれ?」
カラミティがベッドに乗って足で蹴飛ばすと、既に干からびて絶命した男が転がり落ちた。気味が悪いのは、男の顔は恍惚の表情のままであったこと。どうやら絶頂のうちに死を迎えたらしい。
カラミティが男の頭を踏み抜きながら呼び鈴を鳴らしていた。
「中々良い男だったのよ? イチモツも立派だったし、何より男として頑強だった。顔はまぁアレですけど、私もつい本気で楽しんでしまったわ。せめてものお礼に、快楽の中で殺してあげたの。死ぬまで腰を振ってもらってね」
「相変わらずの下卑た趣味だ、色狂いめ」
「イ○ポ野郎に言われたくはないわ」
ちり、と部屋の中が殺気だったが、それも部屋に入ってきた召使と娼婦たちによって中断された。カラミティが顎で死体を指すと、召使と娼婦たちは冷血動物のような目でその死体に貪り突き始めていた。こりこり、しゃくしゃくといった咀嚼音が部屋に響き渡るが、さもその音を気持ちよさそうにカラミティは再び椅子についた。ヒドゥンは顔をしかめるばかりである。
「全員、お前の手の内か」
「そうね。ここにはずっと長いこといるわ。私の拠点の一つであり、この女もとても気に入っている個体でもある。300年くらい前かしら? 当時この街で一番だった娼婦の姿よ。美しいでしょう? この美貌に張り合えるのは、せいぜい高名なフォルミネーくらいね」
「よく今までばれなかったな?」
「上手くこの街とは付き合っていますからね。この街に来る者たちは皆愚か者ばかり。自らの欲を満たすのに一生懸命で、他のことなどどうでもいいのよ。特にこの館を訪れるような者は、常道ではない快楽を求める者がたどり着く場所ですからね。そこから帰れなかろうが、ほとんどの者は気に留めない。ここに来ること自体、私の息がかかった者の紹介がなければ無理なのですから。
そういえば、あなたはどうやってここのことを? 私は話していないわよね? 集金はいつも別の場所で行っていたのだし」
「それが問題なのだ。私がここに来れてしまうこと自体がな。この場所、有名になりつつあるぞ」
「ふーん」
カラミティの返事がそっけなく、かつ怜悧だったので、おかしいと思ったヒドゥンが後ずさりしようとしたその時である。足元から突き出た手が、ヒドゥンの動きを拘束していた。同時に部屋に押し入ってきた娼婦たちが、ヒドゥンに飛びかかるようにしてその動きを拘束する。もちろん普通の娼婦たちではない。全員がカラミティが操る個体であった。
さしものヒドゥンもこれだけの個体に飛びかかられると、身動きが取れない。指一つ動かせないよう、完璧に拘束されていた。
「何をする、カラミティ!」
「間抜けに言われる筋合いはないわ。ヒドゥン、あなた尾けられたわね?」
「何!?」
「あなたに魔術の痕跡が見える。どこかで最近交戦したかしら? かけられた対象は気付かないかもしれないけど、見る者が見れば一目瞭然だわ。もうこの場所は駄目と考え方がいいわね。もちろん、あなたもだけど」
「な・・・く」
ヒドゥンには思い当る節がある。先の集合時、戦闘になったあの神父。まさか――
「ならば、どうする?」
「魔術の解除事態はできるでしょうけど、本人では無理ね。そして誰のところに行っても、その場所がばれてしまう・・・なら話は簡単ね。お師匠様には報告するわ。役立たずが一人いたので、始末しましたとね」
「できると思うか?」
「そちらこそ、どうして逃げられると思うの?」
カラミティの冷たい視線がヒドゥンを捕えた。捕食者の目。もはやヒドゥンを形だけですら仲間ともみなしていない目だった。
続く
次回更新は、2/21(日)14:00です。