快楽の街、その48~黄金の一夜⑤~
***
同時刻。アルフィリースとフォルミネーが話し合いをしているその時、広間では宴は終了を迎えようとしていた。気に入った美姫を見つけた者はひっそりと宴を抜け出し、その場の出し物を楽しんだ者は眠くなるに任せてその場で眠ろうとしていた。
そんな中、いまだに起きている者がいた。ラーナである。ラーナは一人ちびちびと酒をやりながら、据わった眼をしながら起きていたのだ。もちろん、いまだに帰ってこないアルフィリースを慮ってのことであるが、それ以上にラーナはこの館に釈然としない何かを覚えていたのである。
何が釈然としないかというと、居心地の良さである。居心地の良さは確かに素晴らしいのだが、あまりに居心地がよいと何かおかしいと思ってしまうのは魔女の性分だろうか。だが魔術的要素があればアルフィリースが気づくだろうが、それもうやむやなままにアルフィリースはいなくなってしまった。ミュスカデは早々に酔っぱらって寝てしまったし、クローゼスは騒がしい場所は苦手だとして留守番を申し出ていた。せめてどちらかがいれば確証も得られるだろうにと、ラーナは歯がゆかった。
そんな時に、ラインがふらりと戻ってきた。
「なんだ、アルフィはまだ戻らないのか?」
「はい。それはそうと、まだ起きていらしたのですね。てっきりどこかにしけこんだかと」
「まさか。仕事をしに来たのは覚えているぜ? ただ、やることはやってきたがな」
「・・・さすが、澱みないですね副団長。アルフィには黙っておいてあげます」
「そうしてくれ。これだけ据え膳並べられて、食わなきゃ男が廃るからな」
ラインはまるで悪びれずに言うと、上等のソファーにどっかと腰を下ろした。既に周りにはほとんど人はおらず、ルヴェールが小間使いと共にてきぱきと片づけを始めているところだった。
「起きているのは俺たちだけか?」
「そうですね。私もこんな状況ではありますが、それなりに楽しんではいました。出し物はどれも面白く、目を引くものばかり。娼婦は皆美しく、それ以外の者も皆気品がある。私もアルフィがいなければひとりくらいつまみ食い・・・いえ、失言でした。
ですが、これが罠だとしたら私たちは全滅です。食事や酒に毒を盛られるだけで私たちは世の中から消え去っているでしょう」
「娼婦たちが全員仕込まれた暗殺者だとしてもな。そういう娼館があることも知ってるか?」
「いえ。寝床では誰もが油断すると、そういうことですか?」
「まあそれでやられる奴は色ボケか、少なくとも二流だろうがな。そういう意味じゃあ俺たちの傭兵団も本当の一流どころはそれほどいないってことになる。ヴェンの奴は飲み過ぎたエクラの介抱で起きてたが、それ以外に何人正体を保っている奴がいるのか――ああ、だからって、奴らが一流だとは全く思わないんだが」
ラインの視線の先には、エルシアとゲイル。それに彼らと楽しそうに話しこむプリムゼがいた。年若い彼らに、時間は関係ないらしくまだまだ目を輝かせて話に花を咲かせていた。
「まあ、それではお二人はもう戦場も経験されたのですか? 私と同じ年で?」
「おうよ! 俺なんかもう10か所は行っているぜ?」
「はん、どうせオークかゴブリン、よくてトレント退治でしょうが。剣を持つ傭兵が誰でも最初に受ける依頼よ。戦場に入らないわよ、そんなもの」
「うっせえな。順序を踏めって言われているんだからしょうがないだろ!?」
「ロゼッタのいいなりじゃない。いつからそんなに従順になったの? 首輪でもいっそつけてみる?」
「なにぃ?」
すぐに険悪になりそうな二人に対し、プリムゼはにこにこと微笑んでいた。
「でも、戦場には違いないのでしょう? ならばどんなに簡単であっても、必ず経験になりますわ。
私なんて手習いを十年もしているものですから、ようやくこうして役に立てて嬉しくて嬉しくて。中々こうして同じ年頃の人とお話しできないから、とっても新鮮ですわ」
「ちょっと待った、十年? いったいいつから娼婦の仕事をしているのよ?」
「4歳ですが、何か?」
プリムゼの言葉に、エルシアもゲイルも唖然としていた。だがプリムゼはあくまでにこやかに話していた。その表情に、陰は一つも見られない。
「私、みなしごですの。路地裏の溝に捨てられていたのを、この館の方がひろってくださったんです。物心ついた時にはこの館で下働きをしていましたし、むしろ水揚げまで面倒を見ていただけるのは光栄ですわ。だって、選ばれた人しかここでは働けませんから。一生懸命作法なんかを教えてくださったことに、とても感謝しているのです」
「でも、男の相手をしてお金をもらうんでしょう? 嫌じゃないの?」
「全く。いえ、まだそういった客取りは早いとは言われていますけど、仮にそうなっても私は後悔しません。傭兵をしている二人にこんなことを言うのは気が引けるのですけど、私はどうしても人を傷つけてまで生きる気にはならなくて。それなら、たとえ光の当たる世界では娼婦ごときと蔑まれようとも、人を癒して生きることができるなら、人を傷つけるよりはどれだけ幸せであろうかと考えているんです。
だからといって、決して傭兵を馬鹿にしているわけではないので、勘違いしないでくださいね?」
笑顔を向けるプリムゼに、エルシアとゲイルはなぜか気恥ずかしくなった。そこまで考えて傭兵の道を行こうとしていなかったからだ。覚悟を決めながらも柔らかに微笑むプリムゼを見て本当に同じ年頃の娘なのかと、改めてエルシアはプリムゼにどこか憧れるような感情を抱き、ゲイルは顔を赤くしてプリムゼを見ていた。
続く
次回投稿は、2/17(水)15:00です。