快楽の街、その47~黄金の一夜④~
「私の仕事をご存じですか?」
「ええーと・・・娼婦?」
「その通りですが、同時に娼館ギルドの長でもあります。私はターラムで働く全ての娼婦とその周辺の人材に対して責任があります。彼女たちの未来を憂えぬ日はありません。
私は、常に彼らの今後10年を見据えて動かなくてはならない。私がギルド長ではなくなったとしても、彼女たちが安心して働けるように。自由、自立、結束。それこそがターラムに生きる人間の精神なのです。どのギルドもそれは一緒ですし、そのような職業についていても、成功していてもいなくても、ターラムの住人にはその精神が多かれ少なかれあるでしょう。私は、この街は非常に誇り高い人間の集まりだと思っています。
ですが、どうやら全くそう考えない異分子たちがこの街に入ってきました。私はギルド長の責任において、その者たちを排除しなくてはならない」
「なるほど・・・そのために私を雇いたいと? リリアムは? この街には自警団がいるでしょうに」
「そのリリアムで無理だからお願いしているのです。かつて、自警団内にも多数の犠牲者が出てました。これ以上犠牲が出れば、リリアムは責任を問われるでしょうね。そうなると、私としては非常にまずい」
「まずい?」
「議会を見て気づきませんでしたか? 私たちとて一枚岩ではない。特に女の身では、隙あらば何をされるかわかったものではありません。もちろんターラムの維持が最優先なのは皆そうでしょうが、この機に乗じて勢力争いをしようとする連中もいます。リリアムは違います。おそらくは、フィルドンやグッツェンもターラムのことを考えてくれているでしょう。ですがコルセンスはよくわかりませんし、そのほかの人間たちもとても信用に足るとは言い難い。私としては、正直貴女の出現は渡りに船なのです」
アルフィリースは一瞬考えてから、頷いた。
「事情はわかったわ。でもリリアムで無理となると、相当厄介な相手ということかしら?」
「エクスぺリオン。聞いたことは?」
「いえ。何のこと?」
「ここターラムで流行しだした薬です。これですわ」
フォルミネーは自分の小物入れから取り出した小瓶をアルフィリースに渡した。中には青い液体が漂っている。
「これが?」
「そう。でもそれだけでは効果はないのです。厄介なことに、正しい使用方法を知らないと、全くの無駄だそうです。でも正しく使えば、人外の恍惚を得られるとそうです。ここターラムでは快楽をもたらす薬はさほど珍しくなく、それもまた街の特性の一つです。でもそのエクスぺリオンが違うのは、使いすぎれば廃人ではなく、人間ではない何かになってしまうということ。
もうこのターラムではあちこちで被害が相次いでいます。町中で突然魔物――いえ、魔王が出現するのですから。被害は自然と大きくなる。今までそこまで被害が大きくならずに持ちこたえているのも、全てリリアムの力があってこそ。でも、出所がさっぱりとつかめなかったです。今までは」
「見当がついたと?」
「そう――でも私たちは手が出せない。確証がないから」
「それはどこなの?」
「それは――」
アルフィリースはフォルミネーから疑わしい場所と相手を聞いた。だがその名前を聞くと、さしものアルフィリースも慎重にならざるをえなかった。
「・・・同業者ですって?」
「そう。娼館ギルドに属するのは、原則娼婦の義務です。ギルドに加入することでお客を斡旋してもらったり、あるいはターラムで暮らすうえでのいつくか有益な保証がもらえますから。でも、中にはそういった約束事を守れない連中もいる。そしてこちらも、そういったいわゆる『もぐり』の連中を全て把握できるわけではないのです。
そういったもぐりの連中への武力行使は最終手段となるわ。武力による強制排除が適応されるのは、ターラムそのものへの損害が認められた時のみ。それ以外は経済的な制裁程度しか行えない。
彼らは我々への再三の忠告も全く無視し、娼館の経営を続けている。エクスぺリオンが蔓延する場所として目を付けた私たちは内偵を進めたけど、これといった証拠もなく、それどころか内偵者が行方をくらます始末。ただ被害が増えていくのを見つめているだけなのです」
「そう。それで、その――『花と蜜の壺亭』だっけ? に、内偵を行えと?」
「いえ、やり方は任せます。リリアムにも話を通してあります。正面から潰してしまってもかまいませんわ」
「穏やかじゃないわね」
「だって、間違いなく黒ですもの。ないのは証拠だけ。確信はあるけど、手が出せない。だから二人きりで話しているのですしね。間違えてもターラムの住人に、私がこんなことを考えているなんて知られたくないのですから」
「最高の娼婦の誇り?」
「そんな上等なものじゃないわ。印象ってものがあるでしょう? それに、多少の意地とね」
フォルミネーが艶やかに笑うと、アルフィリースは思わず赤面した。同性とはいえ、それだけフォルミネーの笑顔は魅力的でもある。その様子を見て、フォルミネーが面白いことを思いついたようだった。
「報酬には金銭を考えていたけれど――別のものがいいかしら?」
「な、何を?」
「めくるめく黄金の一夜、とか?」
「な、な、なにそれ! 私をどうしてようってぇの?」
「別にどうもしないわよ。ただ一緒に高揚を味わうことはできるわ」
フォルミネーが、アルフィリースの顎に指をかけて、くいっと自分の方を向かせる。至近距離から見るフォルミネーの造形はそれだけで完璧で。アルフィリースは同性としての憧れだけでなく、それ以外の感情が湧いてくる気がして必死に顔を逸らせようとしたが、なぜか無理だった。
フォルミネーが甘く耳元で囁く。
「私、女性も分け隔てなく愛でることができますのよ? 特に、あなたみたいな可愛い子は歓迎だわ。どうかしら?」
「どう、どう、どぅーーー」
アルフィリースが声にならない声を上げながら、身をよじってフォルミネーから逃れていた。そのまま後ろ手に取手を探って、部屋から退散する。
「い、依頼は引き受けるわ! さよならっ!」
「ちょっとまっ――」
フォルミネーが引き止めるのも聞かず、アルフィリースは貞操の危機を感じたのか、右手と右足を同時に出しながら走って逃げた。外から大きな音がしたのは、おそらくこけたのだろう。
フォルミネーは少しおかしそうに笑うと、部屋の蜂蜜酒を飲みながらゆったりと腰かけた。
「面白い子だわ。ギルド長の会議に現れた時とはまた別の印象ね。依頼の詳細も詰めずに帰ってしまって、どうするのかしら? 明日――もう今日か。宿にでも使いを出しましょうか」
「フォルミネー」
フォルミネーの部屋に、もう一つ声が響く。フォルミネーははっとすると、居住まいを正してその声に応対した。相手の姿は部屋の中にはない。
「おいででしたか」
「アルフィリースは――」
「はい、依頼を受けてくださる模様です。ここまでは意図通りですわ」
「――」
「ええ、最大限の補助はいたします。褒賞も十二分に考えているつもりです」
「――?」
「もちろん、私たちも未来がかかっていますから。ひょっとすると、このターラムも。ぬかりはございませんわ、マスター」
フォルミネーが優雅に一礼すると、声の主は去った。氷の入ったグラスの中で、氷の溶けて崩れる音がする。そういえば飲み物を出し忘れていたとフォルミネーが考えると、自分もなんだかんだで緊張していたのかと、フォルミネーは苦笑したのだった。
続く
次回投稿は、2/15(月)15:00です。