快楽の街、その45~黄金の一夜②~
「ライン、酔ってる?」
「いや、まだだな。酒が足りん」
「ふざけるのはよして」
「肝心のフォルミネーがいないからな。どうせなら、一番綺麗な女にもてなされたいものだ」
ラインはふざけていたが、アルフィリースはそれが本心ではないことを見抜いていた。これらは『前座』だ。アルフィリースとしては本当に歓待されに来たわけではない。ターラムの長の一人である、フォルミネーに交渉するために来たのだ。ラインもそのことを理解している。
一方でラーナはまた別に、何かしら違和感を感じているようだった。まるでその雰囲気が戦場にいるように鋭くなっている。傍についている芸伎も、どうしたものかと戸惑っているようだ。ラーナとアルフィリースは目で会話をしていた。
「(ラーナ、何があったの?)」
「(ここはおかしな場所です。気づいてますか?)」
「(そうね・・・確かにおかしな場所だわ。いるだけで気分が高揚して楽しくなってくるもの)」
「(そうです、観劇に興味のない面々ですら見入っていますから。単純に素晴らしい芸といえばそれまでですが、これは――)」
ラーナが何かを訴えかけた時、アルフィリースの前にすとんとルヴェールが座り込んだ。隣にはあどけないが、一際端正な顔立ちをしたか弱げな女性を連れていた。
「団長様、一人ご紹介したい芸伎がおります。よろしいですか?」
「え、ええ。どうぞ」
「本日が為初めにございます、プリムゼと申します。お見知りおきを、団長様」
ちょこんとお辞儀をするのがかわいらしい女性だった。まだ年のころは13、14歳くらいだろうか。だが端正な顔立ちと、顔に見合わぬ男を魅了する体型は、やがて艶やかな女性へと変貌する兆しを隠そうともしていなかった。だが飾らぬその仕草と表情に、アルフィリースも好印象を抱く。
「貴女も芸伎なの?」
「はい。まだ水揚げの資格はございませんが、舞踊と歌唱は及第点をいただきました。まだ不慣れな部分もございますが、隣についてもよろしゅうございますか?」
「ええ、もちろんよ。私の隣にいても面白くないかもしれないけど」
「いえいえ、今をときめくイェーガーの団長殿のお傍に侍るだけでも光栄ですわ」
「私のこと、知っているの?」
「はい、もちろん。噂は風よりも速く翔けますわ。ましてこの純潔館の芸伎たちは知性と教養、そして情報に長けていなければ務まらない職業。私のような駆け出しでも、団長たちのことはよく存じあげております」
「そうなのね」
アルフィリースはルヴェールの方をちらりと見た。ルヴェールは突然見つめられて、どきりとしたようだ。
「ルヴェールは芸伎ではないの?」
「あ、はは。それが、私は見ての通りの器量でして。それに生まれついての不器用のせいで、歌も踊りもものにできませんでした。なので、今はこうして受付や下働きとして生きているのですよ」
「それは――辛くはないのかしら」
「そりゃあ華やかな世界を目の前にして何もできないのはね、時にこたえる時もありますよ? でも、私を拾ってくれたこの館に恩返しがしたくてですね。私のように見た目が地味だと買い出しなどにも困りませんし、割と重宝されているんですよ? うかつのここの女性たちを使いにだそうものなら、囲まれてしまってよからぬことになりかねません。
それに、生きるに困らないだけのお給金はしっかりいただけますし。毎年新しく芸伎が育つのを見るのは、これまた胸がときめくものでして」
「なんだか、年寄めいた発言ね」
「こう見えて、結構な年長者なもので。あ、年のことは言いっこなしですよ?」
ぺろりと舌を出したルヴェールに、アルフィリースは親近感を覚えていた。
「・・・ちょっとだけ、お酒もいただこうかしら」
「おや? 気分が変わりましたか?」
「そうね、ちょっと乾杯したい気分だわ」
アルフィリースはそしてしばしの歓談を楽しんでいた。団長が楽しんだことでより一層宴はたけなわとなり、盛り上がっていた。プリムゼには年の近いエルシアとゲイルがいつの間にかたかっており、仲がよさそうに話していた。他の傭兵たちも思い思いの場所で楽しんでおり、観劇に感動する者、共に踊る者、そして気に入った美姫と個室に消えていく者、その楽しみ方は千差万別だったが、共通していることは、誰一人として楽しんでいない者はいないことであった。まさに黄金の一夜に例えられる、フォルミネーの館のもてなしぶりである。
そしていつの間にかラインの姿のラーナの姿も見えなくなったところで、アルフィリースの傍にルヴェールが寄ってきていた。
「団長殿」
「アルフィと呼べといったにょ」
完全に酔っぱらったアルフィリースがルヴェールにしなだれかかっていた。そして酒気の充満した口臭を漂わせ、ルヴェールは苦笑していた。
続く
次回投稿は、2/11(木)16:00です。