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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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中原の戦火、その9~狂人の語らい~


***


 ロッハと同様にラインの中にもわだかまりはあった。ダンススレイブとラインの2人はクルムスに引き上げる途中、トラガスロンの軍隊を見てしまった。どうやって国境線を突破して来たのかは謎だが、目の前の事実は動かせない。ともかくこれでトラガスロンとグルーザルドの激突は免れないのではないかという考えがラインに浮かび、ますますもってこの中原はひどい様相を呈することが予想できた。

 そして、ラインにはまだ解決されない疑問がいくつかある。


「ダンサーよ」

「なんだ?」

「クルムス軍の武器防具・・・どこから来たと思う?」

「獣人の爪を通さないとかいう防具か? さあ・・・封印されていた我に言われてもな」

「お前の時代にそういう類いの防具はあったか?」

「それはあるにはあるが、どれも希少価値のある金属ばかりだ。大量に生成・加工はできなかったと思うぞ。現在では知らぬがな」

「いや、現在でもないはずなんだがな。だからこそ人間の国家を打ち倒して、獣人の国家なんてものが出来たわけだし。うーん・・・」


 ラインにはその辺の事情はわからない。だがわかることもある。それは軍が装備するなら輸入、ないしは生産経路があるということ。しかも大規模に。その経路を発見すれば、何かしら分かるかもしれないとも思う。


「(とりあえず帰ったらゼルバドスの情報があるはずだから聞いて・・・そのあとレイファンのとこにいってラスティと連絡を取り・・・その後はなるようになるか)」


 かなり大雑把な計画かもしれないが、ラインの今の持ち札ではそこまでしか考えられない。クルムスに帰って来た第三王子が、どのような行動に出るかもわからないのだ。とりあえず今はいち早くトリメドに戻る。レイファンも心配だったし、ラインの頭の中は今はそのことでいっぱいだった。


***


 その夜のこと。引き揚げるクルムス軍の中、第三王子ムスターの天幕である。ムスターは絶好調であった。体が軽く、頭もこれ以上ないくらいに冴えている。今なら誰と戦っても負ける気がしないし、実際負けなかった。ヘカトンケイルが1000人もいれば、そのまま世界征服にのりだせそうな気分すらしてしまう。ザムウェドにも大勝したし、彼にとって戦勝の酒は非常に気分が良かった。

 だが自国の兵士を虐殺しておいて酒盛りをするムスターの様子を見て、兵士達は全員ムスターを今すぐにでも殺したいほど憎んではいたが、とても恐ろしくて口には出せなかった。実際戦場で鬼神のごとき働きを見せるムスターを、彼らは目の当たりにしていたのだから。

 そんな兵士たちの不満には何一つ気付かずムスターが楽しそうに1人で酒盛りをしていると、何かにピクリと反応した彼は小姓を呼んだ。


「誰かおるか」

「は、はい・・・ここに」


 入ってきた小姓は怯えきっている。それもやむなく、先日返事が遅かったと言うだけで、戦場がえりで気分が高揚していたムスターに首をへし折られた同僚を見ているのだ。口のきき方が成っていないと言うだけで首を斬られた同僚もいる。一体何がムスターの機嫌を損なうかもわからず、小姓は怯えきっていた。


「もう戦争は終わった、とりあえずはな。だからお前達も今日はもう休んでよい。疲れが溜まっているだろう?」

「は?」


 余りに意外な言葉をかけられたので、小姓は思わず聞き返してしまった。そしてそのことがムスターの機嫌を損ねるのではないかと思いなおし、すぐさま顔面蒼白になったのだが。


「聞こえなかったのか? 今日はもう休んでよいと言ったのだ。ここに危険はあるまい、そう見張りにも伝えておけ。それとも嬉しくないのか?」

「いえ、嬉しゅうございます。それではそのように!」


 その言葉は小姓の本心からの言葉であったので、彼は飛び出すように天幕を後にした。そしてその言葉を見張りや他の小姓に伝えると、彼らは全員飛び上がるように喜んで自分達の天幕に帰って行った。

 そして人気が無くなったのを確認すると、ムスターは自分の影に向かって話しかける。


「もう誰もいないぞ、アノーマリー様」

「ククク、元気そうだね、ムスター」


 影からずるりと這い出してきたのは醜い老人のアノーマリー。そしてムスターはアノーマリーにも酒を進める。


「飲むか?」

「いや、まだ仕事があるからやめておこう。それより絶好調のようだね?」

「それはもう! アノーマリー様に頂いた力は最高だ。このまま世界征服にも乗り出せそうな勢いだ!」

「世界の王にでもなるつもり?」

「・・・それはいい考えだ。ワシが世界の王に・・・ふふふ、くくく」


 ムスターは良いことを聞いたと言わんばかりに含み笑いを始めた。今頃世界征服のための具体的な手段が伴わない思考をムスターが展開しているであろうことをアノーマリーは想像し、ムスターとは別の意味で笑っている。


「(心底バカな奴だ、今回の計略だって元は僕が考えたもの。ヘカトンケイルだって僕が貸した連中だし、あの連中だって――それをいつの間にか自分の物のように考えて、自分の力と勘違いしている。本当におめでたいね、ククク。だいたい世界の王になるつもりなら、僕らを様付けで呼んだらダメだろうよ。まあその呼ぶように躾けたのは僕らなんだけど)」


 だが決してその事をアノーマリーは告げない。まだまだムスターには踊ってもらわないと困るからだ。そしてひとしきり内心で馬鹿にした後、アノーマリーは本題に入る。


「ところでどう? ヘカトンケイルの連中は」

「ああ、奴らは使えるよ。1人で100人分は働いてくれる」

「そうか。命令にはきちんと従う?」

「問題なく。ワシに非常に忠実だ」

「そうか(・・・こんな馬鹿にも従うなら、誰でも大丈夫だな)」


 アノーマリーの計画。それは数を確保できないゴブリンやオークの代わりになる兵士を量産すること。そのための実験の一環が、ヘカトンケイルという傭兵団だった。

 ヘカトンケイルの中身は人間ではない。素材こそ人間であるが、様々な魔獣や魔物と合成されたそれはもはや人間と呼べない。テトラスティンが危惧していた合成獣キメラ、つまり魔王と同様の生物である。

 ただ魔王と違う点は、ヘカトンケイルはかなり知能が低く、命令されない限りは自分からは何もできない。彼らは人間と同じく食事が必要なわけだが、その最低限の行動すら自分の意志で行えない。その代わり痛み、憐憫の情、躊躇、恐怖といったおよそ戦闘に不必要な感情や機能は全て廃絶されているため、戦闘においてはかなり有用だとアノーマリーは考えている。実際に試したところ、腕が落ちようが下半身がとれようが関係なく敵に喰らいついていった。

 また生産費用コストが低いのも利点だ。魔王の制作には最低成人の人間が5人は必要だが、ヘカトンケイルなら1人でもなんとかなる。これは素材不足に悩むアノーマリーには大きな恵みであった。最近工房を拡張し、生産能率が上がったのはいいものの、今度は素材の調達に困っていたのだ。ライフレスが主に素材の調達を行うわけだが、既に彼一人では手が足りなくなってきていた。


「(ライフレスは寝なくてもいい奴だから、それこそ年中無休で働いてくれるけど・・・彼は沢山の部下を持つ性質じゃないからな。ボクが何人かいればいいんだけどね・・・あ、そうか)」


 アノーマリーはパチンと指を鳴らす。


「(なーんだ、なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろ。ボクが複数いればいいんじゃないか! 全く僕もムスターのことは言えないな、こんなことも思いつかないなんて。工房に帰ったら早速試してみよう)」


 自分の複製――普通は誰も思いつかない。いや、思いついてもやらない。それを何のためらいもなく、お菓子を作るかのような感覚で行おうとするアノーマリー。彼はその自分的には素晴らしい思い付きに胸を高鳴らせ、思わず鼻歌を歌い始める。その様子をムスターはちょっとびっくりしたように見たが、何やら彼も真似をして2人で鼻歌を奏で始めた。お世辞にも見目麗しくない2人が鼻歌の輪奏を行うなど、奇妙を通り越しておぞましい。

 だがアノーマリーは他の用事も思い出したので鼻歌を止め、ムスターに質問する。


「そういえば、この後はどうするのかわかってる?」

「もちろん。このまま隙を見てトラガスロンに進行するのだろう?」

「そうそう。トラガスロンは順調に行くと第三陣まで総計20万の大軍を出発させるはずだから、第三陣がグルーザルドと戦い始めたくらいのタイミングで攻め込んでくれるとありがたい。もっともグルーザルドの頑張り次第なわけだけど、まあボク達の見立てではトラガスロンでは相手にならないかな」

「せいぜいグルーザルドをいくらか削ってくれれば、というところか?」

「そうそう、よくわかってるね」

「当然だ、なにせワシは王になるべき人間だからな! ハハハハハ!」

「ハハ・・・」


 豪快に笑うムスターに対し、アノーマリーは引き笑いだった。

 実はアノーマリーはムスターを回収して改造する時に、適当に脳をいじった。元からムスターに自我を残すつもりは無かったのだが、結果として元より大分出来る人間になってしまった。こればかりはアノーマリーも人体の神秘を感じざるは得なかったが、結果良しとして素直に受け取ることとした。もっとも歪んだ部分はちゃんと残っているので、結果としてはもっとも望ましい。


「(うーん、人間はよくわからん。よっぽど元がひどかったのか? まあいっか)」


 だが一方でムスターがクルムス軍を虐殺したのは、完全に命令違反である。ムスターが勝手なことはできないように、深層意識に刷り込んであるはずなのだが。


「で、君はクルムス軍を虐殺したみたいだけど、なんで? そんな指示は出してないはずだけど?」

「ああ、そんなつまらないことを気にしているのか?」

「いや、つまらなくはないでしょ。手勢がいくらなんでも足りないんじゃない? トラガスロンは結構な軍事国家だ。1万で突っ込むのは、いくらヘカトンケイルの力を借りても無理がある。今度は人間の国家が相手だから、獣人のように単純にはいかないよ」

「とはいえ、ワシの命令を聞かない軍隊はいらないだろう? ワシのいうことを聞かない兵士はいざという時あてにならん。たかだか20日ばかり程度、ほとんど休みなしで戦い続けたくらいでへこたれおって、全く情けない。あんな奴らに今までバカにされていたのかと思うと、腹が立って腹が立って腹が立って・・・ヒヒヒヒヒ」

「(大丈夫か、こいつ・・・)」


 嫌な忍び笑いを繰り返すムスターに、さすがのアノーマリーも不気味さを禁じ得ない。だが突然笑いを止め、ムスターは真面目な表情で語る。


「奴らはこぞってワシの命令に逆らおうとした。そんな奴らは必要なかったが、さすがに後のことを考えて、逆らった奴を2人1組で殺し合いをさせて生き残った方は許すことにした」

「そりゃ職業軍人でも普通は虐殺の命令なんか聞かないけどね・・・だけど、どうやってそこまで持ちこんだのさ?」

「簡単だ、適当に指揮官を10人ほど血祭りに上げた」

「それじゃ軍隊は機能しなくないか?」

「だから機能するように、指揮官を減らした分だけ兵士も減らしたんだ。どうせ使い捨てにする連中だ。代わりもいくらでもいるしな。どうだ、賢いやり方だろう?」

「・・・」


 ムスターが胸を張っている。さすがのアノーマリーも絶句したが、彼の落胆の理由は別だった。


「(どうせ殺すんなら材料として回収したいんだけどな・・・そこまでこの馬鹿には欲求できないか・・・でもまあ計画の範囲を出ない行動だし、いいか)」


 ふう、とため息をつくアノーマリーがもう1つ確認事項を問う。


「で、これから後は? まだトラガスロンとグルーザルドが本格的に戦うまで時間がある。その間はどうするのさ」

「国境に兵士を配置して、その間に一度首都セイムリッドに戻る。兵士の補充も必要だから行わねばならんし、そろそろおかしい動きを見せる貴族もいるだろう。また適当に正義の鉄槌を食らわせてやらんとな」

「ほどほどにしなよ?」

「わかっている。それに妹のことも心配だ」

「その妹を誘拐しようとしたみたいだけど?」

「ああ、それはそうだ。あんな愚物共の傍にかわいい妹をおいてはおけん! どうせ奴らは全員殺すんだし、妹が巻き添えをくったらどうするつもりだ?」

「いや、知らないよ」

「あの儚げでかわいい妹・・・ワシの事を唯一まともに人間として扱った心優しい子・・・誰にも渡さん。あの子はワシのものだ、ワシの手元に置いて一日中離すものか・・・昼も夜も・・・」


 ムスターが何やらぶつぶつ言い始めた。その様子に鬼気迫るものがある。アノーマリーとしては、その後の方策を聞く限りではなんとか自分の思惑通りに動きそうなのでとりあえずは安心し、その場を離れようとすると、突然ムスターが振り返る。

 その顔には先ほどまでの鬼気迫る表情も何も無い。突然人格か記憶が切り替わったか、そんな様子である。


「どうしたアノーマリー、飲まないのか? 今日は実に愉快な日だぞ、ワシの人生初の大勝だからな。フハハハハハ!」

「いや、ボクは仕事があるからもう行くよ。じゃあまたね・・・この調子じゃどのみち長くはもちそうにないね、君は」


 アノーマリーの最後の呟きは、ムスターには聞こえていないほどの小声だった。そうして自分の兵士を虐殺しておいてさも自慢げに高笑うムスターの声が、いつまでも天幕に響いていた。



続く


次回投稿は1/25(火)12:00です。

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