快楽の街、その44~黄金の一夜①~
「ある時、フォルミネーと一晩を過ごすための権利書なるものが競売にかけられたそうです。その掛け金が異常なまでに釣り上がり、最後はどこかの王族と富豪の勝負になり、買った方は全財産を処分してフォルミネーを好きにしようとしたが、恨まれた競売相手に殺されたとかなんとか。逸話の類でしょうが、その額が彼女を買い上げるのに必要な額だと今や言われています。そこから換算される、おおよその使用料が1億ペントです」
「一晩で・・・馬鹿なの?」
アルフィリースが呆れたような表情でエクラを見たが、エクラはそれ以上に呆れた表情でため息をついた。
「私も同じ気持ちです。ですが値を付けた人たちからしてみれば、それだけの価値があるということなのでしょうが、そこまで人の心を狂わす女性であることに違いはありません。それが向うから話をもちかけてきたということは、裏があると考えてよいのかと」
「む・・・十分に気を付けないとね」
「はい。万一のために留守を置くことを勧めます。あとはマイアとコーウェンにも連絡を取っておくことが必要かと」
「そうね。念のためアルネリアの巡礼たちも連れていきましょう。保険になるわ」
「人質みたいで気が進みませんが」
「何言ってるの、人質そのものよ」
アルフィリースが物騒なことを言いながら支度を始めていた。エクラもその場にいた者をまとめながら、素早く留守を頼む者を選び、自分もアルフィリースについて行くこととした。留守はフローレンシアやクローゼスに任せ、ほとんどの団員を同行させることになった。もっと残そうかと思ったが、フォルミネーの名は相当に有名であり、彼女の館を貸切で使えるとなると男、女を問わず目の色を変えて全員が付いていきたいと志願されたのが真実だった。アルフィリースはやや呆れていたが、自分が世間知らずなだけなのだろうかと逆に悩みもした。
アルフィリースたちが準備を終えると、いつから待っていたのか宿の前には使者がいた。その上品な使者に案内されるがままに向かったのは、ターラムの中でも少し小高い場所に在りながら、迷路のように怪しい路地を抜けていった場所にあった大きな館だった。王宮も顔負け、いや、それ以上の豪奢な細工を施されたその館は、ただ一つまさにターラムの王城とでもいうべき威圧感を放っていた。その空間だけが異質。魔術的な要素ではなく、ある種の誇りを抱いているかのごとき存在感がその館にはあった。
アルフィリース達が呆気に取られていると、御者が恭しく挨拶をした。
「ようこそ、『黄金の純潔館』へ。ここからは別の者が案内をいたします」
「皆さま、ようこそおいでくださいました」
アルフィリースたちを出迎えたのは、そばかすがかわいらしいまだ15、16歳にもなるかならないかのあどけなさの残る少女と、正装に身を包んだ初老の男性であった。少女は年にあどけなさに似合わぬ美しいドレスを身にまとい、完璧な宮廷儀礼でアルフィリースたちを出迎えた。
「我が館の主人、フォルミネーが歓待いたします。どうかこちらへ。案内役のルヴェールと申します。御見知りおきを」
「執事のグリフと申します。館では浮世忘れていただくために、血なまぐさい物は全てお預かりする次第であります。剣帯なども外され、どうかひと時のお寛ぎを」
「懐刀も預けろというの?」
「いえ、夫人といえど最低限の身の守りは必要。また騎士の心まで奪うつもりはありませぬ。あくまで進言でございます」
「では腰の剣だけ預けるわ」
「もしお召し替えが必要でございましたら、各種取り揃えてございます。いつなりとも執事にお申し付けくださいませ」
「いえ、慣れた服が楽で――」
そこまで言いかけて館の扉が開くと、そこはどの王宮でも見ないほどの贅が尽くされた玄関が見て取れた。ここにいる者達のほとんどが宮廷を見慣れているわけではないが、貴族のエクラやその護衛のヴェンですらこれには目を見張った。そして吸い込まれるようにアルフィリースたちは館の中に入っていった。
「これは・・・」
「商業施設で用意できるものの範囲を超えています。なるほど、この細工がわかる者であれば、それなりの衣装に身を包みたいというのはごく自然なことでしょうね」
「いや、楽しむっていうよりは、さすがに恐縮するよな」
さしものラインですらどうしていいのかわからず、その場に腕を組んで立ち竦んでいた。そこに、館の奥から見事な美姫たちがこぞって出てきたのである。
「お待ちしておりました、アルフィリース御一行様」
「いらっしゃ~い」
「まずは堅苦しい挨拶は抜きにして、そこかしこに座られませ。お食事はお済みになられましたか?」
「ウン、スワルトイイ!」
アルフィリース達が驚いたのは、美姫たちは純粋な人間ばかりではなかった。彼らの種族は様々で、中には南方の蛮人や獣人だけでなく、エルフやミリウスの民、あげくにはハルピュイアまでいたのである。他にも見たことのない種族の女たちが諸々控えている。
彼女たちが一人一人の手や腕を取って席につかせると、そこにはごく自然に酒をなみなみとついだ杯が行き届き、彼らはいつの間にか美姫たちと語らっていた。そして食事をしていなかった者のところには自然と料理が出現し、また酒の飲めぬ者には代わりの汁物が届けられ、誰もが快適に過ごせる空間があっという間に演出されたのだった。
緊張などは一瞬でほぐれ、彼らは大いに盛り上がっていた。また建物内には左右と正面に、また中央にも舞台が設けられており、そこでは次々と出し物が出された。それは劇であったり、大道芸であったり、またやや淫靡な物も多少含んでいた。だがそのどれもが見事な出来栄えで、彼らは芸術的な感性であったり、あるいは欲望であったり、あるいは無聊を慰めるに十分すぎるほどの芸を堪能していた。
既に酒の入った者は美姫と杯を傾けることに夢中であり、エクラなども既に正体不明の状態で隣の美姫相手にくだをまく始末だった。だがその中でまだ油断なく周囲を観察している者がいた。アルフィリース、ライン、ラーナである。
続く
次回投稿は、2/9(火)16:00です。