快楽の街、その43~不買(かわれず)の娼婦①~
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ターラム一の娼婦、フォルミネーからの使いがアルフィリースの元を訪れたのは、レイヤーとルナティカが人知れずいなくなり、リサがジェイクの元に陣中見舞いに行くと言い残して出て行った直後だった。
フォルミネーからの使者とはなんの冗談かと全員が疑ったが、どうやら招待状は本当のことで、誰もがその一大事に冷静を保てなかった。
フォルミネーといえば、大陸で知らぬ者がいないほどの有名人である。大陸でも有数の美女として褒め讃えられ、娼婦という職業の概念を変えたとさえ言われている。衰えることのない美貌もそうだが、それだけではなく、品性と知性、教養を兼ね備えた理想的な女性像として平民からは非常に人気が高い。貴族の婦女子からはよく言われないが、相手にするのがそもそも王侯貴族であるから余計に妬みと取られるのもしょうがない。
そのフォルミネーも一晩彼女の時間を束縛するのにかかる金は、富豪でも一財産かかるとまで言われるほどに値が吊り上がり、もはや現実的に彼女を誰も買えなくなってしまったという話だった。そのせいもあってか最近ではその姿すら滅多に外に出ることがなく、やれ美貌が衰えただの、あるいは病気だの、様々な風聞がたつ始末だった。
だがその姿を直接見たアルフィリースとしては、ただただ彼女が美しいことしか覚えておらず、また度胸も知性も兼ね備えていることは間違いなかった。そしてその彼女から招待が来たと言われて、アルフィリースとしては考えられる展開の一つであっても、さすがに緊張を隠せなかった。
「念のため確認するけど、本物なのね?」
「え、ええ。フォルミネーが使う印章は貴族の世界でも有名です。平民の中でも諸国の王侯貴族に広く影響を持つ人ですから」
「なるほど、紋章官もできるエクラが言うなら間違いないわね。それで? 招待されたのは私だけ?」
「いえ、それが・・・傭兵団全員、来れるだけ来て良いと」
「? 全員となるとかなりの人数よ? 収容できるのかしら」
「はぁ・・・私も使いの者に確認したのですが、今宵は自分達の娼館を別館ごと貸切にしているから、何の問題もないと」
その言葉に、さしものアルフィリースも不信感を抱いた。そこまでされるだけの価値を自分に見出したのだろうか。確かにフォルミネーは接触する予定の人物ではあったが、まだアルフィリースからは何も働きかけをしていない。先ほどの会合だけで、それほど気にかけられるいわれがあったろうか。
アルフィリースは少なからず動揺したが、それ以上にエクラの慌てぶりがひどかった。それも、アルフィリースとは別の意味で、だが。
「フォルミネーの歓待ともなると、それだけで団の運営資金が消えてしまいます・・・それに加えて一晩の娼館の貸し切りと、まさか娼婦まで総動員されたら、どのくらいの費用がかかるのか・・・あわわわ」
「落ち着きなさいよ、エクラ。招待なのでしょう?」
「わかっていないのはアルフィリースですよ。貴族の世界では招待されても、そこにかかる費用に何割かを返却するのが礼儀なのです。それを無視したら、社交界では干されて二度と相手にされなません」
「面倒ねぇ・・・でもそれは貴族の話でしょ? 向こうも私も平民だし」
「万一の話をしているだけです。もしその手の話を匂わされた時、用意していませんでした、では赤っ恥どころでは済みませんよ?」
「わかったわよ、お金に関してはどうにかしましょう。ところでどのくらいの費用がかかるの?」
アルフィリースの質問に、エクラが右手の人差し指を一本出した。アルフィリースは首を傾げる。
「10万?」
エクラが首を振った。
「100万?」
アルフィリースがそれはないだろうとばかりに挙げた額でも、エクラは首を振った。
「まさか、1000万?」
「数年前の相場では、フォルミネー込みで1億ペントでしょうね」
「い、1億!?」
さすがのアルフィリースも腰を抜かした。傭兵団の初期活動資金の、軽く30倍を超えていたからだ。それだけあれば、現在の傭兵団事を買い上げるどころか、小さな町ならまるごと買い上げられるだろう。
エクラはがたがた震えながらつぶやいた。
続く
次回投稿は、2/7(日)16:00です。