快楽の街、その39~ターラムの司祭②~
「美人だろ? 美女揃いのターラムの娼館でも、これほどの女はそうは見ない。無名だが腕のいい職人に作らせたそうだ。これを見ながら酒を飲むのが、何より幸せな時間でな」
「・・・まあ細かい話はこの際おいておこう。あなたと司祭の関係は?」
「弟子だ、一応な」
「申請にはあなたの存在はない。アルネリアの関係者とは認められないが」
マルドゥークの詰問にも男は動じない。見た目よりも肝が据わっているようだ。それとも、ただ鷹揚なだけか。
「どっちでもいいことよ、そんなのはな。それにアルネリアも俺みたいな飲んだくれを末席にでも加えるのは嫌だろうよ。俺も堅苦しいのはお断りだしな」
「なるほど、確かに儀典様の正装に身を包むそなたの姿は想像できないな」
「話が通じて何よりだ。お前、堅物そうな面構えの割には話せるな」
「そなたがアルネリアの敵でない限り、別段否定する理由もない」
マルドゥークは敢然と言い放ったが、そこには強い意志も感じられた。敵であれば、容赦しないという。男は肩をすくめながらからかうのを止めていた。
「で、どうするんだ? 俺は見てのとおりこんなだし、爺はいねぇ。折角足を運んでもらってなんだが、協力できることは何もねぇよ。あんたらの訪問があったことは告げてもいいが、爺があんたらのところに出向くとは思えねぇな」
「いいんだ。まだ来るとしよう。こちらにものっぴきならない事情があるからな。ぜひともヴォルギウス殿には手伝っていただきたいのだ」
「あの爺が役に立つとは思えないぜ。年も年だし、よぼよぼしてるからな」
男は酒を飲みながら、最後の一滴がなくなると心底残念そうにした。そして先ほどまでの饒舌さが嘘のように意気消沈すると、マルドゥークたちを鬱陶しそうに扱い始めた。
「用事が終わったんなら帰った帰った。俺は酒の補充に出かけるからな。それともこの像を眺めていたいなら別だが。あぁ、体型の違いに絶望するだけか」
「誰が!」
「わかった、今日のところは引き取るとしよう。ところで、司祭殿は『あちらの方は』ご健在なのか?」
「ご健在だろうよ。今でも『密と壺の花亭』には足しげく通ってるんじゃねえの?」
「わかりました。それだけわかれば十分」
マルドゥークは一礼すると、その場を去った。その後、奥の部屋から老人が一人出てきた。いや、老人と呼ぶにはその雰囲気は精悍そのものであり、まるで老いを感じさせなかった。
「いたのかよ、爺」
「いるのは知っていただろうが、このぐうたらめ」
「仕事はちゃんとしてるぜ。しかし大丈夫か、あいつらで。誘導はしたが、無駄死にじゃねぇのか?」
「そうは思わんな。確かに青いが、戦闘に関しては相当のものだと聞いている。特に男の方がな」
「ふーん、まぁいいけどな。それより、ようやく巡ってきた好機だ。これをきっかけにターラムの害虫どもを一掃するんだろ?」
「そのつもりだ」
「なら頭数を揃えておくかね。こんな時のための食い詰め者共だからな。聖女のために死ぬとするか」
「過激派が」
男はにっと不敵な笑みを浮かべ、教会を後にした。残されたヴォルギウスはふうっと大きなため息をつき、聖女アルネリアの像を複雑な感情と共に見上げていた。
そして教会を後にしたウルティナとマルドゥークだが、憤懣やるかたないウルティナと対照的に、マルドゥークは冷静だった。その態度に余計に苛ついたのか、ウルティナがマルドゥークを責め立てていた。
「マルドゥーク! よくそんなに冷静でいられるな!?」
「お前こそ落ち着け、ウルティナ。我々がその程度のことで心を乱されてどうする」
「その程度のこと? どこがその程度だ!」
「男慣れはしておけと、巡礼の任につく時に言われなかったか?」
「任意でな! お前こそどうなんだ? 私たちの中では最も頑固で融通のきかない性格だったように記憶しているが」
「任務に支障をきたすともなれば、困らない程度には慣れているさ。それに元々こんな場所の出身だ。耐性がないわけじゃない。それより、気付いたか? あの男、ただの神父ではないな」
「そうね、凄まじく自堕落で助平、のんべえの神父だわ」
いまだに悪態をつき続けるウルティナに、マルドゥークがため息をついた。
「そうではなくてだな。奴の言った娼館は実在する娼館だ。それも、ここ最近で急激に売り上げを伸ばしている。エクスぺリオンの出所の一つではないかと考えられているところだ」
「え、それって」
「奴らは仕事をしていたということさ。自分たちだけでは手に負えないと踏んだのか、我々を矢面に立たせるつもりだろうな。だが確かに確信も持てないところだったから、丁度よかったのだ。それが聞きたくて支部に出向いたわけだしな。あわよくば戦力も借りたかったが」
「では、彼らは――」
「ただの自堕落な神父ではないと思うぞ。さて、我々も仕事にとりかかったほうがよさそうだ。手持ちの戦力だけで足りるかどうかはわからんが、さっそく仕事にとりかかるとしよう。ジェイクはリサ殿のところか?」
「いや、リサ殿がアルフィリースに同行して仕事があるとのことで、宿で待機しているはずだ」
「では斥候に出してくれ。それで敵の正体がわかるだろう。ウルティナ、お前にも行ってもらうぞ。私は近隣の支部にも応援を要請しておく。敵の規模を把握し、戦力が整い次第仕掛けるぞ」
マルドゥークの顔つきは既に戦時のものに変化していた。その表情を見て、ウルティナもまた不満を引っ込め、気を引き締め直した。
続く
次回投稿は、1/30(土)16:00です。