快楽の街、その38~ターラムの司祭①~
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「こんな場所にあるのか?」
「ええ、そのはずよ」
ウルティナとマルドゥークは狭い路地を進んでいた。目指すは、ターラムのアルネリア教会支部。ターラムも例外なくアルネリアの庇護を受けているため支部があるわけだが、そこに顔を出す必要があると感じていた。
まず巡礼といってもその土地で活動するからには支部に話を通しておくのが礼儀だし、宿なども支部の宿舎を使うことが多い。またそのような慣習を抜きにしても、ターラムの情勢を掴むために顔を出しておきたいとも思った。
ターラムというアルネリアの教義とは正反対ともいえる土地には、どの司祭も就任したがらない。その土地の司祭を務めるのは、なんと40年以上にも渡って同一の司祭だった。元巡礼三番手、ヴォルギウス。既にかなり高齢のはずだが、ほとんどターラムから出ていないため、その容姿を見た者もほとんどいない。実はウルティナとマルドゥークは、このヴォルギウスがターラムの支配者なのではないかと考えていた。
「現役の時には、戦闘では随一だったと聞いたが?」
「聞いた話ではな。ラペンティ殿と同時期に活動していたらしい」
「顔馴染みか?」
「さあ? それほど顔を合わせることもなかったと聞いたが」
「なぜ巡礼を退いたのだ?」
「戦闘時の負傷によりやむなく、らしいな。どうしてターラムの教区に就任したのかは知らんよ。ただ一言、ラペンティ殿には『曲者だから気を付けろ』と」
「それをラペンティ殿が言うか」
ウルティナは苦笑いをしたが、そんな話をするうちにもう教会が目の前に迫っていた。他の土地では教会といえば大小あるといっても崇められ、それなりに整備されているのが通常だが、この教会はちょっと見ただけではアルネリアのものとはわからないほどに荒れ果てていた。壁はながらく修繕が入っていないのか、塗装は剥げ放題で、一部は穴が開いている様だった。扉も蝶番が壊れているし、開けようとしたが立て付けも悪く、ギギ、と耳に障る錆びた音を立てながらようやく開いていた。
中に入ればそれなりに整備されているのかと思えば、それもない。集会の際に使われる椅子には埃が積もっており、蜘蛛の巣はそこら中に張り放題。だがそれよりも目を引いたのは、聖女アルネリアの像だった。偶像崇拝が禁止されてより、アルネリアに偶像なるものは一時完全に撤退されていたのだが、祈る対象がないのではむなしいとの訴えが多数あり、聖女アルネリアの像をやむなく各教会に設置したといういわくがある。だがその像は統一されており、優しく微笑むアルネリアと決まっているはずなのだが、ここターラムのアルネリアは裸婦であり、しかも挑発するかのように淫靡に微笑んでいたのだ。
ウルティナとマルドゥークが憤慨したのは言うまでもない。
「なんだ、これは! 聖女アルネリアを冒涜するにもほどがある!」
「しかも禁忌とされる偶像崇拝の疑いがあります。よくありませんね、早速ヴォルギウス殿を詰問する必要がありそうです」
「爺ならいねぇよ」
真横から声がしたので二人が振り返ると、そこには顔にひどい火傷の痕がある大男が立っていた。男の髪はざんばらで、しかも片手には大きな酒瓶。どう見てもくだを巻いている酔っ払いの風体だが、その服はアルネリアの神官服であった。それも基本とされる白ではなく、勝手に染め直した黒の服であったが。どうやらこの教会の関係者であるらしい。
ウルティナが質問した。
「あなたは誰ですか? ここの司祭はどこに?」
「その前に自分から名乗りな。こんな様子でも、一応アルネリアの由緒正しき教会ってやつだ。今日は祈りや施しはやってねぇ。まあ年中やってねぇか。だからあんたらの行為は、不法侵入なんたらにあたるんじゃねぇのか?」
「・・・これは失礼した。某はアルネリアの司祭、マルドゥークとウルティナです。ここの司祭ヴォルギウス殿に要件があって参ったのだが、先ぶれを出してもなしのつぶて。やむなく直接伺ったのだが、司祭殿はいらっしゃるか?」
「だからいねぇっての、さっき言ったじゃねえか。耳が悪いのか? それとも頭の方か?」
男がマルドゥークに近づきながら頭を指さして、小馬鹿にしたような態度をとる。その酒臭い息にマルドゥークは閉口したが、ウルティナは負けていなかった。
「ならば、司祭が帰るまで待たせていただきましょう。こちらも遊びに来たわけではない」
「いつ帰ってくるかわからねぇぞ? 何日も教会を空けることもあるし、いても気配を感じねぇ爺さんだ。それよりよ、お前は自己紹介が足りないんじゃないのか?」
「は? 名は伝えたはずですが」
「違う違う、俺用の挨拶だ」
そういうがはやいが、男はウルティナの左胸をいきなり鷲掴みにして、露骨に揉みしだきはじめた。あまりに唐突な行動にマルドゥークはおろか、ウルティナでさえ一瞬呆然として、そして羞恥に一挙に顔を赤らめ男の顔面を全力ではたいていた。
教会内に大きな音が響き渡る。
「な、な、何をする!」
「ってえな。まあ82から83ってところか。態度と気性に比較して控えめな胸だな。もうちょい肉付きが良い方が好みだが」
「貴様の好みなど聞いていない!」
「アルネリアの教えにもあるだろ、左の胸を揉まれたら右の胸を差し出せって。俺に挨拶する時には、スリーサイズと好みの体位を先に伝えるのが礼儀だ。文句ならベッドで言いな」
「誰が貴様なんかと!」
「なんだ、お前。随分と初心な反応だな。ひょっとして、まだ乙女か?」
「は、は、破廉恥な!」
「・・・その辺にしておけ、ウルティナ」
見かねてマルドゥークが止めるころには、熱した鍋のように真っ赤になったウルティナがいた。男はそれをさも面白そうに眺めている。
男はそんなウルティナを見ながら、アルネリア像の自慢を一方的に始めたのだ。
続く
次回投稿は、1/28(木)17:00です。