快楽の街、その36~漂泊の女勇者①~
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エルシアは目の前の光景が信じられなかった。目の前の空中を舞う大の男たち、彼らを放り投げる自分と同じくらいの背丈の女傑。アルフィリースも強かったしルナティカの身のこなしも見事だが、それにしてもこれほど鮮やかに戦う女性をエルシアは見たことがなかった。
きっかけはゲイル。レトーアに引き連れられて情報収集をする最中、当然それなりに柄の悪い場所にも行く。そこで出会った、明らかに絡むのが目的ごろつきたち。彼らはいかにもわざとらしくエルシアたちにぶつかってきたが、わざわざ揉めるのも馬鹿らしいエルシアはすぐさま謝ってその場をやり過ごした。ごろつきたちもすぐさま謝罪されるとこれ以上絡みようもないのか、下品な言葉を吐き捨てて去ろうとした。だがその言葉にゲイルが小さな声で反論してしまったのが、相手の耳に届いたのである。
ごろつきは好機とばかりに引き返し、エルシアは舌打ちした。ゲイルの気持ちもわからないでもないが、こんな連中を相手にしている暇はないのだ。ゲイルが胸倉をつかまれ一触即発の状態になった途端、エルシアの方から先手を打った。石礫を相手の顔面にぶつけ、呆気にとられたゲイルの腕をとって逃げ出す。だがレトーアの方がその動きについていけなかった。それどころか周囲に連中はごろつきの味方だったのだ。
囲まれるレトーアを見て、
「もう、どうして私の周りの男はどんくさいのばっかりなの!」
と怒鳴ったが、その横をふわりと優しい風が駆け抜けていった。
「困っているのですか?」
優しい風の女はゆったりとした言葉で話しかけていたが、エルシアの答えは聞くまでもなく、もう結論は出ているようだった。
女は10を超える男たちの中に突撃すると、片端から男たちを組み伏せ投げ飛ばし、ほとんど怪我させることすらないまま制してしまった。男たちは悔しいと言うよりは唖然としてその場に残され、
「去りなさい」
と女が伝えれば、言われるがままにその場から去っていったのだった。少々の喧騒を気にしないターラムの住人たちにとって、喧嘩すら酒のつまみ程度にしかならないのだが、演劇にも似た華麗な立ち回りに、少々ざわめきが大きくなった。
「フォスティナだ・・・」
「勇者フォスティナじゃないのか」
そのような呟きがいくつか聞こえるのをエルシアは聞いたが、女は全く意に介さずエルシアたちの様子を質問した。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「いえ、ありません」
「助かりました、ありがとうございます」
「ちぇっ、女なんかに助けられるなんてよ」
またゲイルが余計なことを言ったのでエルシアがその耳を引っ張ろうとしたところ、フォスティナがそれを制した。そして代わりにゲイルに優しく窘めていた。
「少年。私の助けは不要でしたか?」
「いや、そういうわけじゃ・・・」
「では私が女なのが気に喰わないですか?」
「いや、そういうわけでも」
「では、何が不満なのですか?」
「・・・なんだよ、関係ねぇじゃんか。戦いは俺の仕事なのによ」
ゲイルが拗ねたように言ったので、フォスティナは微笑んでいた。
「少年、君は優しいのですね」
「は? なんでそうなる――」
「君は傷つくのが自分なら構わないと思っているんですよ。そして傍の少女を守りたいと思っている。体だけではなく、その名誉も。だけど強くなるのに必要なのは心と体の強さだけではないのです。戦いを避ける知恵も必要ですよ」
「・・・俺馬鹿だから、何をすればいいのかわからない」
「私もお勉強はさっぱりですが、知恵と知識は違いますから。本当に賢くて強い者は、戦いそのものを起こさないと言います。そうなれるといいですね」
「う、うーん?」
ゲイルには何が何やらわからなかったが、不思議な説得力があった。ゲイルにこれほど見事に言うことを聞かせる人物は、ちょっと記憶になかったからだ。
そのまま事件は解決したと見たのか、フォスティナが去ろうとした。その彼女にレトーアが何かをぼそりとつぶやいた。その瞬間、フォスティナの目つきが鋭く変化したのをエルシアは見逃さなかった。
その後しばらくして、レトーアは本日の探索を打ち切った。夜も遅くなろうとしていたし、今日は宿で食事を取るように言いつけて、自分は酒を飲むからと外にふらふらと出て行ったのだ。
レトーアが外に出てしばらくし、繁華街を避けて路地裏に入り込むと、その腕を掴む者があった。暗がりから手を伸ばしたのはフォスティナだった。
フォスティナの目つきは先ほどとはうって変わって厳しかった。それは敵を睨むときの目にも似ていた。だがレトーアの方は余裕ある対応を見せる。
「どうした? 逢引ならもう少し色気のあるところでしてほしいものだ」
「世迷言を。私を呼び出したくて、先ほどのような話をしたのでしょう?」
「何のことかな?」
「ふざけないでいただこう。『カレヴァンはどうだった?』とあなたは言った。私が最近あの遺跡に行ったことは、まだギルドにも報告していない。なぜそのことを知っている?」
「ふふ、君の興味を引くことには成功したようだ。実は勇者である貴女に、お願いしたいことがあってね」
レトーアとフォスティナのその会話を、耳をそばだてて聞く者がいた。エルシアである。
続く
次回投稿は、1/24(日)17:00です。