中原の戦火、その8~獣将二人~
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「間に合わなかったか・・・」
それから数刻後のゲッダハルド。家屋は崩れ、まだそこかしこから火の手が上がり、煙で視界が遮られるゲッダハルドの城下町を、部下を従えて歩きながら項垂れる豹の獣人が1人。グルーザルドが誇る十二獣将の一人、『神速』の異名をとるロッハである。
彼はゲッダハルドにつくなり既にクルムス軍がいないことを悟ると、まずは生存者の救出を優先した。またここで後陣が追い付くのを待ちながら、同時に斥候を放ちクルムス軍の行方を追っている。斥候が帰ってこないとなんとも言えないが、ここまでザムウェドを徹底的に追い込んだクルムスに対して、たった5000の兵士で追撃をかけるほどロッハは無謀な男ではない。内心がどうあれ、である。
それにクルムス軍は全く無視したことだが、通常は負傷者や怪我人の手当てをしながら軍は進むため、その進軍速度はかなり遅い。これが正常な軍の対応なのである。だが救出活動が進むにつれ生存者の数が異常に少ない報告を受け始めると、ロッハの顔はどんどん暗いものになっていった。
「せめてあと一日早ければ・・・」
「申し上げます!」
「なんだ」
ロッハが後悔の念に沈む中、若い獣人の兵士が報告に来た。
「王城の様子を見て参りましたが、現時点では生存者は0。また王・王妃・第1~5王子までの遺体は確認できました」
「それではザムウェドの男子の家系は全滅か。なんということだ・・・王女の方は?」
「王女の方は確認がまだ取れておりません。・・・何せ女は全て顔がぐちゃぐちゃです、確認には時間がかかるかと」
「狙ってやったのだろうな。なんともむごいことをする」
ロッハもその部下も、思わず言葉をなくす。その様子を見た伝令が、おそるおそる報告を続ける。
「一般市民の方は何人か生存が確認できましたが・・・いかがなさいますか?」
「まずは手厚い保護を。話ができそうな者から順次、私が直に話を聞く」
「承知いたしました!」
報告を終えた獣人が身を翻して走り去っていく。その後にどかどかと背後から足音を響かせながら歩いてくる者が1人。
「ロッハ! 全滅だと!?」
「ヴァーゴか。そのようだ」
ロッハに近づいた虎の獣人はそのままロッハの胸倉をつかみ、凄まじい形相で吼える。
「そのようだ、じゃねぇ! 貴様がもっと急いでいりゃあ誰か助かったかもしれないだろうが! なんのための『神速』だ!」
「それは俺個人の異名だ、軍としてじゃない。それに仮に俺1人が先行したところで、せいぜい千体程度しか相手にできん。万を超える軍相手じゃ何もできんよ」
「何を弱気な事を! 時間稼ぎくらいはできたかも知れんだろうが!」
「それはもっともな意見だが、誰がランバウールとゲッダハルドが2日で落ちると想像できる? 貴様だって出陣前には『クルムスなんぞ楽勝だ』とかほざいていただろうが」
「それはそうだが!」
「全て結果論だ。今回はクルムスが上手だった。それだけのことだ」
ヴァーゴと呼ばれた獣人は力なく手を放した。『剛破』のヴァーゴ。グルーザルド十二獣将の中でも、最も突破力に長けた部隊を率いる、超戦闘型の武将である。激昂しやすい半面情にも厚く、個人的にザムウェドの王族と交流もあった。そのため今回の事態が誰より許せないのも彼なのだろう。その心情がわかるからこそ、ロッハも胸倉を掴まれようが、何も異論を唱えなかった。
「だからってよお・・・こんなのはねぇだろ」
「第三王子とお前は面識があったんだったな」
「ああ、アイツは俺の弟子だった。へっぴり腰のぼっちゃんだったがよぉ・・・誰よりも懸命に鍛錬して、『いつか貴方のように強くなりたい』とかぬかしやがって。まったくもってかわいい奴だった。最初は見込みなんぞないと思ってたが、最後は中々強くなりやがった。仮にも俺に一撃打ち込んだからな」
「それは大したもんだ」
「ああ、俺はガキがいねぇから自分の子どものようにかわいがったさ。それを・・・人間どもが!」
「・・・」
「許さねぇぞ、クルムスの連中は。俺の目が黒いうちは絶対に許さねぇ! 俺は誓うぜ。あの国の連中も同じように、のべつまくなし血祭りに上げてやる!!」
「落ち付け、それを決めるのはドライアン様だ」
「知るか! ドライアンの野郎が反対するなら俺1人でもやるぞ!」
「ふぅ、これだから・・・」
吼えるヴァーゴに悩むロッハ。ロッハとて気が長い方でもない。むしろ若い頃は最もキレやすい獣将として、ヴァーゴよりも危険人物視されていたこともある。軍を率いるという責任ある立場になってからは、がらりと性格が変わったのだ。
だがロッハも内心はヴァーゴと同じで、相当はらわたが煮えくりかえっている。彼もまた即座にクルムスに乗り込んで報復行動を行いたい所であったが、いくつか腑に落ちない点があることで彼の理性は保たれていた。
ロッハは軍を率いる立場になってから、斥候という役目に重点を置いていた。今回ザムウェドに斥候を出したのも彼の判断である。自分1人なら戦いはどうとでもなるが、軍を率いるとなると自分の判断で若い連中が多く死ぬ。それは自分が死ぬ以上に、ロッハには我慢がならないことだった。
そのため彼は平時でも部下に商人を装わせ、各国に派遣をしていた。各都市、各国の内情を密に探るためである。その中の情報では、クルムスがザムウェドといい勝負をできそうな様子は、つい数ヶ月前までなかったのだ。
「(理由がわからん。戦力もそうだが、戦争をする理由も。ザムウェドを追い込めば我々グルーザルドが出てくるのは自明の理。我々と真っ向勝負で戦争ができるなど、西方の国を全統一するか、東方の大国が全て同盟を結ぶか、あるいは北のローマンズランドくらいだろうに。まさかローマンズランドが背後にいるのか? だがクルムスとでは距離がありすぎるし、同盟を結ぶ意味がない。俺の頭では理解不能だな・・・宰相のロンか、ゴーラ爺さんに聞くか)」
ロッハがこの後のことに思いを馳せる。
「(どのみち今から追撃しようにも、補給も心配だし、情報が少なすぎる。軍の強みとは行動に厚みを持ってこそ。今回のクルムスのような作戦は、後先顧みない特攻以外の何物でもない。だからこそ上手くいったことも否定はせんが、正常な指揮官が率いる軍なら絶対にやらない戦法だ。しかもこの様子を見る限りじゃ、ここで内乱が起きたんじゃないのか? 自軍の不満や被害も顧みないなど、どんなバカ面が率いているのか見てみたいものだ。まあ見た瞬間、俺がそっ首切り落としてやるがな)」
吼えるヴァーゴに唸るロッハ。一騎当千の2人の獣将が殺気立つだけでそこは異常な雰囲気に包まれる。彼らについている兵士が心中穏やかでない所へ、さらに慌てて獣人の伝令が飛び込んできた。
「将軍、大変です!」
「なんだ、クルムスが引き返してきたのか?」
「いえ、それが!」
伝令がロッハに耳打ちをすると、今度はロッハがヴァーゴ以上の大声を上げた。
「何だとぉ!!?」
「おおぅ?」
ロッハがそこまで大声を張り上げるのは珍しかったため、ヴァーゴも思わずどきりとした。それは近くで作業をしていた獣人達も同様で、思わず足や作業の手を止めてしまう。
「どうしたロッハ」
「・・・トラガスロンの奴らが攻めてきやがった」
「はぁ!? このタイミングでか?」
今度はヴァーゴが大声を上げる。周囲の獣人達もただ事ではないことに気が付き、近くに寄ってきた。
「とりあえず一次報告だけだが、先発隊が2万、その後に本体が5万。既に国境線は破られ、こちらに一直線に向かって来ているんだとか。途中のザムウェド軍は首都が陥落したのと、クルムスを食い止めるために戦力を割かれて、抵抗らしい抵抗はできていないようだ」
「おいおい、その数は俺達の戦力で相手できるギリギリの数だぞ」
「それより数が半端だ。今までトラガスロンは必ず10万以上の軍を使ってきた。なのに今回は7万・・・確証は無いが、俺はこれを第一陣と見る」
「て、ことは」
「ああ、第二陣、第三陣と続くだろう。クルムスなんかに構っている暇は無い、トラガスロンとの大戦争になるぞ」
「おもしれぇ、むしゃくしゃしてたんだ。思いっきり暴れてやろうぜ、てめぇら!」
「「「おお!」」」
ヴァーゴの檄に周囲の連中が吼えるが、事態はそう単純ではないのではないかとロッハは考える。
「(このタイミングで仕掛けてくるとなると、クルムスとトラガスロンの間に密約があったに違いない。まさかクルムスの司令官はここまで読んでいたのか? 俺達とトラガスロンに全面戦争をさせたかったと? ありえん、全てのタイミングが良すぎる・・・もし全て目論見通りだとすると、クルムスの手の者はトラガスロンどころか、ザムウェド、果ては俺達の国にまで入っていることになるのではないか。そういえば今回の遠征に際して、食料の集まりを初めとして、物資の集まりが妙に手間取った。くそっ、何が起きているんだ?)」
だがロッハのわだかまりもよそに事態は進む。とりあえ現状でグルーザルドがやらなければならないことは、トラガスロンを迎え撃つことだった。本来はザムウェドが滅びた以上一度撤退する手もあるのだが、ヴァーゴが納得しないだろうし、いまだに王族全員の死亡が確認できたわけではない。そうなると同盟を無視するわけにもいかず、グルーザルドは遠征軍2万でトラガスロン7万を迎え撃たざるをえなかった。
中原の戦火の幕は、まだ切って落とされたばかりだった。
続く
次回投稿は1/23(日)12:00です。