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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その34~ターラムの支配者達⑤~

「では明日夕刻、闘技場の演目の最後に行いましょう。武器は木剣、あるいは木製の武器限定。死ぬまでやるなんて、流行りませんから。しかし――」

「?」

「不慮の事故は闘技場では起こります。このカサンドラの剣を受け損ねれば、木剣であっても死ぬでしょう。もちろん私も」


 ふとリリアムが立ちあがると、机の上に置いてあった果実めがけて剣を振るった。いや、そう見えたのは武術の心得のある者だけで、多くの者はリリアムの肘から先が動いたくらいにしかわからなかったが、目の前の果実は異なる方向から8つに切り分けられていた。


「(速い)」

「私、強いですよ? まだカサンドラには負けたことがありませんから」

「その『5回』斬る芸当が、実戦で使えればいいんだがな。お嬢ちゃん」


 ラインの挑発ともとれる言葉に、リリアムがぴくりと反応したが、しばしラインと視線を交錯させただけで、それ以上は何もなかった。

 そこでフィルドンが手をぱんぱん、と叩き、注目を集めていた。


「そこまでにしよう。今回の議題は一度保留としたいのだが、よいかね、アルフィリース団長」

「色よい返事がもらえるのかしら?」

「若い者は答えを急くからいかん。考える時間が必要な者もいるのだよ、お嬢さん。我々の議会は必ず議席を偶数としている。意味がわかるかね?」

「・・・いいえ」

「意見が真っ二つに分かれた場合、必ず否決にするためさ。同数程度の賛成では後で必ず揉める。我々の議会で採決される案は、かならず7人以上の賛成を必要としているのでな」

「(つまり、後三人の賛成が必要ということね。なるほど・・・そういうことか)」


 アルフィリースは何か意味ありげな眼をしたフィルドンの意図をくみ取っていた。なので、すぐにフィルドンの申し出に応じたのだ。


「わかりました、それで結構です。ただあまり時間があるとも限らない。明日の試合の後には返事を聞きたいものですね」

「せっかちなお嬢さんだ」

「生き急ぐのも、若者の特権かもしれないわ」

「はははっ、一本取られたんじゃないですか、ご老体」


 グッツェンが豪快に笑ったので、場の空気は和んだ。そしてアルフィリースが退室した後、しばし他愛もない話で彼らは歓談した後、フィルドンがフォルミネーの後ろにいた女たちに視線を走らせた。


「・・・大丈夫です。センサーの感覚も届いてはいません。彼女たちは去りました」

「ふむ、これで普通に話してもよいかね」

「やれやれ、とんでもない女が乗り込んできたものだ。たかが小娘とたかをくくっていたが、あれは並々ならん相手だな。我々の意図にも気づいているんじゃないのかね」

「ええ、今晩中にでも保留にした方々のところには使者がくるでしょうね」

「賛成した者のところにもだろう。一晩で心変わりしないとも限らんからな」

「そこまで勘繰ってきますかねぇ?」

「勘繰るのではないかしら? 彼女はお人よしでしょうけど、初対面の我々を信頼するほど心やすいとも思えない。その辺は区別をつけて考えられる子でしょうね」

「ならばリリアム嬢がけしかけたのも、何らかの意図があってのことですか?」

「いえ、私はただ本心を伝えたまでです。それでも強いて言うとしたら、興味ですね」

「興味と?」


 リリアムは頷いた。


「後ろにいるカサンドラの実力は皆さんも知っての通り。そのカサンドラが警戒するほどの女――ロゼッタといいましたか。が、ただの隊長格だと言う傭兵団。どれほど剛の者が揃っているのか、剣士であれば気になるところです。

 仮にターラムが彼らと契約するとして、彼らの練度が十分であれば私たちは飯の種を奪われるわけでして」

「はははっ! リリアム嬢ほど剛毅な人が、仕事の心配ですか!」

「転落は早く、登るのは厳しい。何の後ろ盾もない人間はそのことをよく知っています。私は人の世を、心底恐ろしいと思っていますから」

「それで、勝負を。しかし彼女たちが勝ったとして、認めるつもりはあるのですかな? もしおめがねに適わなければ?」

「強いだけの傭兵団など、それはただの粗暴な集団に過ぎないわ。そうなったら・・・私たちの出番よね?」


 フォルミネーがリリアムに微笑みかけ、リリアムもまた頷いた。


「そうですね。正面からでどうにもならないのなら、搦め手で。そのあたりは臨機応変にやりますよ」

「私も私なりのやり方で見極めようかしら?」

「彼女たちが怯えて出て行くような事態にだけはならないでくださいよ、フォルミネー『女王陛下』?」

「いやですわ、皆さま。もちろん、加減は心得ていましてよ?」


 フォルミネーが軽やかに笑うと、そこにどんな意図が隠されていようとも場は華やぐ。だがフォルミネーが必ずしもただ華やかな人間でないことを知っている長たちは、どうしてもその裏にある意図を探って、足先が水の底に沈んでいるような感覚を得てしまうのだ。フォルミネーの仕掛けは、いつの間にか死地に追いやられるに等しい。欲望を持つ人間であるなら逃れることは不可能だと、誰もが知っていた。

 だがフォルミネーの懸念は、アルフィリースだけではないようだった。


「では先ほどの女団長は今宵私がもてなすとしましょう」

「明日の試合で使い物になるくらいにはしておいてくださいよ?」

「ただの歓迎よ、本当にね。それよりも何点かここで話しておきたい懸念事項がありますわ。皆さまご存じ?」

「勇者ゼムスの一行か」


 誰となくその言葉を口にした。ターラムの長たちの間では、その名前は少し違った意味を持っている。誰もが苦い顔をしていたのだ。



続く

次回投稿は、1/20(水)17:00です。

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