快楽の街、その32~ターラムの支配者達③~
「では人数もそろったことですし、さっそく定例会議を始めましょうか。司会進行は、金融部門のコルセンスが務めさせていただきます」
「前置きはいらんぞ」
グッツェンが早速文句を言う。どうもこの男は誰にでもすぐ文句を言わずにはいられないらしいが、コルセンスがグッツェンを睨んだところを見ると、2人の仲もよろしくないようだった。
コルセンスが反論を飲み込んで司会を進行した。
「――まずは議題に先立ちまして、今回はアルネリアの名代として、『天翔ける無数の羽の傭兵団』団長、アルフィリース殿がいらっしゃっています。簡単に紹介をいたしますと――」
「いえ、紹介は結構よ。紹介にあずかりましたアルフィリースです、どうかよろしく。まず最初に断っておきたいのは、確かにアルネリアから依頼を受けた身分ではありますが、私の最大利益はアルネリアそれとは一致しないことを皆さんに理解してほしいことです。
ここに来た理由は、二つ。一つは――」
「ふん、話が早いのは嫌いではない。だがわざわざ話すまでもないことだ。要件の見当はついている」
「一つには、ターラムで最近増えている失踪者の捜索。でもそっちは建前で、本命は、ローマンズランドとの戦争に備えて、この都市からできるだけのものを接収したい。そういうことでしょう?」
グッツェンとフォルミネーが先手を打とうとしたアルフィリースのさらに先を言ったので、アルフィリースも思わず閉口してしまった。先手を打って自分が主導権を握りたかったのだが、そうはいかないらしい。
そのアルフィリースにリリアムがさらに追い打ちをかける。
「アルフィリースさん。ここにいる者に誰一人として愚鈍な者はおりません。みなそれぞれの方法で、世の情勢を読んでいる。貴女がたの意図や、アルネリアの思惑など筒抜けなのですよ。それが自治を任される土地の、それぞれの部門の長である責任なのです。私などはまだ就任して日が浅いですが、それでもこのターラムの支配者たる我々を舐めてもらっては困りますね」
「・・・本当に支配者ならね」
「え?」
「話が筒抜けなら俺らも大人しくする必要はねぇな。さっさとイェーガーに協力しろ。でないと、ローマンズランドとの戦争に巻き込まれた時に、アルネリアの庇護を失うぞ? ガキでもわかる、簡単な理屈だ」
ラインが割って入ったが、ラインの理屈は嘲笑で一蹴された。
「何がおかしい?」
「ガキでもわかる簡単な理屈か――なるほど、恫喝も子ども並みだな」
「んだと?」
「少し頭を使え、若造。我々が現在のターラムを残す形で資金、人材を運用するならどういう方法が一番適切だと思う?」
「・・・勝つ方につくだろうな」
「そういうことだ。仮にローマンズランドが、大陸中の他国に戦争を売るつもりでいる気としよう。彼らの竜騎士団はまだ使用されていないから、進行速度は冬であり騎馬の運用ができないことを考えると、春になるまではこのターラムまで侵攻してくることはありえない。つまり、我々は冬の間にじっくりと情報を集め、対策を練ることができる。
だが勝敗に関しては明らかだ。ローマンズランドがここまで侵攻してくるなどありえない」
「なぜそう言い切れる?」
「補給線だよ。北側の国で戦争、ないしは物流に関わったことのある者なら誰でも知っていることだ。ローマンズランド以南の国では、わざと北側の街道を整備していない。それはローマンズランドと戦争になった時に、侵攻や補給を困難にするためだ。あの国は元々野心多き国だからな。わざわざ侵攻しやすくしてやる道理はないだろう。
つまり、街道を整備するために大量の人足を狩りだしながら、元々土地が痩せていて飢饉に陥りやすい土地が長期にわたる戦争をする。どれほど現実的だと思う?」
「仮に、それらを解決する方法があるとすれば?」
アルフィリースの言葉に、一度非難が止まった。やはり開口一番は、グッツェンだった。
「面白いな。そんな方法があれば聞いてみたいものだ」
「まず前提が違っているのよ、あなたたち。これはローマンズランドが仕掛けた戦争ではないわ。これは黒の魔術士が仕掛けてきた戦争よ。常套手段で戦争を行うとは、そもそも考えにくいわ」
「黒の魔術士?」
「巷で有名になっている魔術士の集団ですわ。クルムスが突然戦争を起こしたり、各所で魔王が発生したりと色々と社会情勢が不安なのは、そういう集団がいるからだと」
「傭兵の中にもおかしな集団が一時期いましたね。ヘカトンケイルとかいう」
「(もうそこまで知れ渡っているのか)」
フォルミネーがかなり正確な情報を説明したので、ラインは内心では満足していた。実は黒の魔術士に関する情報をばらまいたのは、ほかならないラインやリサである。またアルネリアの情報網も使用した。まずは噂の類から情報をばらまき、彼らの活動が表面化した際に備えさせる。より多くをいち早く反応させるためにアルフィリースが考えた作戦だ。ターラムは情報が集まる街とはいえ、戦いには関係のないフォルミネーまでもが知っているとなれば、かなり情報は出回っている考えてよいのだろう。それが効を奏していると考えたラインは、内心で満足していた。
そしてアルフィリースの言葉は、ターラムの長達の興味を引くには十分であったようだ。
「なるほど。戦争が長期化する可能性があるということか」
「その通り。そうなると、このような都市は真っ先に接収の対象になるでしょうね。商業都市連合の自治権なんて、戦争を理由に吹いて飛ぶかもしれない。そうなったとき、あなたたちにこの街を確実に守るというだけの手段があるかしら?」
「・・・いくつかの方法は思いつくが。だがそこまで言うからには、おぬしの話を聞くだけの価値はありそうじゃの?」
最も年配の男がアルフィリースの言動に興味を示したことで、彼らの意見は一致したようだ。どうやら年配の男はこの会議でも一定の信頼を得ているらしい。
アルフィリースはようやく自説を展開できるだけの機会を得たのだ。
続く
次回投稿は、1/16(金)18:00です。




