快楽の街、その31~ターラムの支配者達②~
一方でカサンドラとリリアムと相対したアルフィリースたち。ラインがぼそりと漏らした。
「リリアム・・・『黒のリリアム』か」
「ええ、そうでしょうね」
「有名人?」
アルフィリースの声にリサが反応した。
「ええ、とても有名ですね。ただし傭兵ではなく、奴隷として。しかも剣奴と呼ばれる類の、最下層の奴隷出身のはずです」
「剣奴? 闘技場とかで戦うっていう、あれ?」
「ターラムには闘技場もありますから。現在の闘技場はかつてのものとは異なり、参加は自由。褒賞も食事も、怪我をした時の手当てもあります。傭兵の中には、闘技場を専門に稼ぐ者もいるほどです。
ですがターラムには、裏闘技場なるものもあるようで。そこでは高額の報酬の代わりに、表の闘技場ではできないような過酷で悲惨な戦いがあるそうです。当然命の保証はなく、中には魔物や魔獣と戦わせるような場合もあるとか。そこに女の身で投じられることが、どういう意味を持つのか。負けてしまえば、『なんでもあり』です。そこでのし上がってきた、裏闘技場の女王。それが『黒のリリアム』です。自らの身分を金で買い取ることに成功したのでしょう」
「ああ、それで」
「どうかしましたか?」
「血の匂いが凄かったから」
「香水じゃなくてか?」
ロゼッタの問いかけをアルフィリースは否定した。リサだけが、アルフィリースの感覚を肯定した。
「そうですね・・・消しても消しきれない血の匂い。実際に臭うわけではなく、彼女の生きざまそのものでしょう」
「なるほど、裏闘技場の女王ね」
「支配者だと思うか?」
ラインの問いかけに、アルフィリースは首を振った。
「まだ何とも言えないわ。他の人も見てみないと」
「では私たちに用意された控室に向かいましょうか。まだ会議まではしばらく時間があるはずですから」
エクラの言葉に従い、一行は自分たちの部屋に向かった。
***
それから半刻も経たず、アルフィリースたちは会議の場に呼ばれた。アルフィリースたちが入ろうとすると、供の者は二人までと言われ、アルフィリースはラインとラーナを連れて入った。この二人ならおおよその事態に対処できると考えたからだ。
会議には椅子が11人分。アルフィリースが入ったのは10人目だった。中には先ほどのリリアムや、他にも恰幅の良い男、身なりのよい男、生真面目な格好の男など多様な人間がいたが、共通しているのは、誰もが油断のならない鋭い視線をアルフィリースに向けたことだった。それらの視線は一瞬だったが、アルフィリースはこの場の誰にも好感を抱かれていないことを即座に理解した。
不利な状態からの交渉であることは百も承知。アルフィリースは席に着くと、まずはゆっくりと周囲を見渡した。その時、恰幅の良い男が突然不機嫌そうに言葉を発した。
「まだ会議は始まらんのか!? 儂は忙しいといつも言っているだろうが」
「それは誰しも一緒ですよ、グッツェン殿。まだ四半刻も待っていない。待つのも仕事の内です」
「そうは言うがな、ガラム。またフォルミネーの奴だ。あの女が時間通りに来たことがあるか?」
「女の身支度は時間がかかるのだろう」
「だがそこのリリアムは遅れたことがない。多少は見習ってほしいものだ」
「お褒めに預かり光栄です」
リリアムは小さくお辞儀をすると、人懐こく微笑んだ。そのやり取りがなんとも表面的で、アルフィリースは狐の巣にでも迷いこんだ気分になっていた。
その時、一つの美が迷いこんできた。そのあまりの輝きにアルフィリースはそれが人間であることを認識するまでに少々時間が必要だった。それはおそらく人間というものに必要な美を全て注ぎ込んだような女だった。上質の絹よりもなめらかな肌、宝石よりも輝く瞳、清流のよりも美しく流れる金髪、豊満な胸や尻に不釣合いにも見える細い腰。人を魅了するために必要な要素を全て詰め込んだ女性がそこにはいたのである。
アルフィリースは場の空気が変わったのを感じていた。先ほどまでの苛立ちや殺伐とした空気はなりを潜め、その場の注目が全てこの女性に集まったことを理解していた。それはまた、アルフィリースとて例外ではない。
女性から声が漏れた。それまたエメラルドの美声にも勝るとも劣らない、音楽のような声だった。
「皆さま、遅れて申し訳ありません。少しお客様の対応で手間取りまして」
「・・・ふん。すぐにばれる嘘はよすのだな、美姫よ。お主の時間を占有できるほどの財を持つ者が、そういるわけがあるまい?」
「ふふ、私はこのターラムのほとんどの娼館を管理しているのですよ? 店の者が何か不都合があれば出向くのが当然ですわ。それでなくとも揉め事は多いし。そこにいるリリアム殿にもしょっちゅう協力を仰ぐ始末です。今はリリアム殿がいらっしゃらなかったので、私が出向く必要があったのですわ。
まあそうでなくとも、殿方を焦らせるのも女性の嗜みの内。そうでしょう?」
「・・・いや、まぁそう――」
「私は殿方ではないので、あまり待たせないでほしいですね。それでなくとも貴女の店では諍いが多い。しょうのないこととは思うから我慢もしますが、それ以外のことであまり手間をかけてほしくはありません」
先ほどまでの勢いはどこへやら。黙ってしまった男性陣をよそに、リリアムだけが対等に口をきいたので、フォルミネーも艶やかな笑みだけを残して席についた。その背後にはこれまた美しい女性二人が控えていたが、一目で娼婦とわかる格好をした女性だった。二人とも露出過多ともいえるドレスに身を纏っていたが、一人は肩に美しい鳥を乗せたおとなしそうな女性と、肩に蛇を乗せた勝気そうな女性の、対照的な二人であった。
なぜかその二人はラーナの方をちらりと見ると、大人しそうな女性は友好的な笑みを、勝ち気な方は見下すような笑みをしたのである。だがラーナが何事かと思う間もなく、会議は始まっていた。話を始めたのは、眼鏡をかけた細面の神経質そうな男だった。
続く
次回投稿は、1/14(木)18:00です。