快楽の街、その30~ターラムの支配者達①~
「ロゼッタ、どうしたの?」
「いや、ちょっと気になることがあってな・・・まだアイツがいるのかどうかと思ってさ」
「アイツ?」
「ここの自警団の隊長なんだが、苦手なんだよなぁ」
ロゼッタがため息をついたのを見て、他の面々も目を丸くした。
「珍しいこともあるものね。あなたにため息をつかせるなんて」
「アタイをなんだと思ってるんだ? アタイにだって苦手なものはあるさ」
「何年ぶりの再会なのです?」
「20年くらいか」
その返答にリサも驚いた。
「20年? 少々長いですね」
「アタイよりも年上なんだよ、そいつ。なんせ半分巨人の血が入っているからな。寿命も普通の人間よりかなり長い。傭兵として駆け出しの頃、色々あってな」
「ってことは、ロゼッタよりも強いのか?」
「今はどうだろうな。当時は滅茶苦茶強かった。何せ、一本もとったことがないからな」
その言葉にアルフィリースもラインも驚いていた。ロゼッタの実力は誰もが知るところである。いかにかつてのロゼッタとはいえ、一度も不覚をとらずに制するとは並ではあるまい。
「会ってみたいわね、その人」
「会えるかもな。外で傭兵としての噂を聞かないってことは、間違いなくここの自警団にいるんだろ。何せ外で傭兵をしてた頃は、勇者の称号を得るかどうかだったって話だからな」
「なんて名前だ? それだけ有名なら、相当昔の傭兵でも名前くらい知っているかもな」
「カサンドラっつー、女の傭兵だよ」
***
果たして、アルフィリースたちは会議が行われる会場に到着した。まるで東側の貴族社会を体現したかのような華美な建物だった。アルフィリースは目もくらむばかりの装飾に、しばし呆然と立っていた。
「ターラムって、凄いのね・・・」
「快楽の街を彩る宝飾産業、絹織物などの工芸品はこの街が最先端とも言われます。特に金、物流が動くという意味ではこの街にかなう場所はそうないでしょうから。上品であるかどうかはさておき、派手さという点では東側のどの都市よりも優れているかもしれませんね」
「けっ、見せびらかしやがって」
エクラの丁寧な説明と、ロゼッタの妬みともとれる言葉が混じる。だが、そのロゼッタの頭を背後から鷲掴みにする手があったのだ。
「よーう、ロゼッタ。アタイの街に随分な難癖つけてくれるじゃないか。ああ?」
「その声は・・・」
ロゼッタが振り向こうとする前に、その頭は強制的に背後を振り向かせられていた。ロゼッタの眼前には、隻眼の大女。ロゼッタよりも頭二つ以上高く、筋骨隆々な女の顔がロゼッタをぎろりと睨んでいた。
「か、カー姉・・・」
「20年ぶりくらい顔をみたかと思ったら、随分な口をきくようになったじゃあないか? また湯屋に沈めてやろうか!?」
「か、勘弁して・・・」
ロゼッタがぶるぶると震えているのを見て、これがカサンドラかとアルフィリースは理解した。確かにやや青いような肌に、ごつごつとした骨格と筋肉が巨人の血をうかがわせる。そしてロゼッタの頭を鷲掴みにして腕一つでその動きを封じる膂力は、明らかに人間離れしていた。
だがアルフィリースとしても供のロゼッタを弄ばれたのでは面白くない。止めに入ろうとしたその時、先にカサンドラを止める者がいた。
「カサンドラ、無礼ですよ」
「・・・へーい、隊長」
カサンドラの背後から現れたのは、今度はリサと変わらぬほど小さな体格の少女だった。レイピアを腰に下げ、香しいシュモクセイの匂いを漂わせながら、その華奢で黒髪の少女は言葉だけでカサンドラを制すると、アルフィリースたちに一礼した。
「部下がとんだご無礼を。ターラムの自警団隊長、リリアムと申します。アルネリアの名代の方々で間違いない?」
「ええ、『天翔ける無数の羽の傭兵団』団長、アルフィリースです。お見知りおきを」
「こちらこそ」
リリアムと名乗る自警団団長は優雅に微笑むと、アルフィリースを促して共に並ぶように歩いた。
「ターラムはいかがですか?」
「思ったよりも楽しい街です。噂ではいかがわしい印象が先行していましたが」
「まぁ、正直な方。それに敬語は結構ですよ? 見た目どおり、成人したばかりですので」
「えっ、成人してたの?」
アルフィリースが思わず本音を漏らし、リリアムはあまりに率直な言葉に目を丸くしてびっくりし、後ろではカサンドラが青ざめていた。
「お前、隊長になんてこと――」
「まぁ、本当に正直な方。気に入りました。確かに貴女ほど女性的な体つきではないかもしれませんが、黒髪どうし仲良くしてくださる?」
「ええ、もちろん」
「では、後ほど会議で。私も少々準備がありますので、一度失礼させていただきますわ」
リリアムは微笑んで優雅に一礼してその場を去ると、アルフィリースたちが見えなくなったところでカサンドラを近くに寄らせて言葉を発した。
「煙に巻かれたわね」
「ああ。ロゼッタを見つけて絡むところまではよかったんだが」
「どこまで意図していたのか。アルネリアの名代と聞いて、我々の街に余計な口出しをしないように釘をさしておこうかと思っていたけど。ただの阿呆かそうでないかは、会議で見極めましょうか」
「ええ、隊長」
リリアムは先ほどまでの優雅な笑みから一転、曲者のように口の端を歪めた笑みをカサンドラに向け、自分たちの控えの間に向かっていった。
続く
次回投稿は、1/12(火)18:00になります。