快楽の街、その29~不言実行②~
「・・・仕方ないね。いいだろう、僕は君達のことをこっそり匿う。その代り君達は僕に協力する。そういうことでいいかい?」
「もちろん!」
「その代り追加事項だ。危ないと思ったら退くこと。それに一定以上成果が上がったら、アルフィリースに報告に行くこと。まるで成果が上がらなくても、アルネリアに戻る前には必ず声をかけること。アルネリアにイルがいないとわかったら、心配するのは間違いないからね」
「はーい」
イルマタルは子供らしくはきはきと明るく返事をしたが、レイヤーは悩みの種が増える思いだった。だがイルマタルの提案は、そんなレイヤーの不安を一蹴することとなる。
「ところで念のために聞くけど、何かあてはあるんだろうね?」
「えーと、それは・・・」
「うん、あるよ?」
ユーティは言葉に詰まりかけたが、イルマタルが代わりに答えたので、レイヤー共々まじまじとイルマタルを見ることになった。
「え、あてがあるの?」
「えーとね、正確ではないけど、人探しでしょ? それも、隠れている人を探すっていう。ならかくれんぼと一緒だね!」
「いや、お遊戯と一緒にされても困るんだけど」
「ううん、これは手のこんだお遊戯と同じだよ。魔術を使った謎々と一緒。魔術士じゃないとわからないけど」
「・・・イル、詳しく頼むよ」
レイヤーはどうやら自分達が核心に近いのかもしれないと思い、思いがけない援助に感謝した。イルマタルを促し、その提案を真摯に聞こうとしている。
「うーんとね、この街って魔術だらけなの。小さいもの、大きいもの。複雑なもの、簡単なもの。意味のあるもの、そうでもないもの。とても色々なものが混じり合っているんだ。でも共通することがいくつかあるの。
それは、どれも術式に差がないってこと。せいぜい数人が作ったものだと思うのね」
「そうか。それで?」
「多くの魔術は意味のないものだと思う。だけど、それらの中に人除けや防音、センサー妨害とか、いわゆる『本物』が紛れているの。それらを解除していけば――」
「隠したいものが見つかる。あるいは仕掛けた奴が出てくるってことか。確かに、それらを仕掛けた奴は、この街の成り立ちに深く関わっている可能性が高いね」
「でも問題が一つあるわね。いちいちそれらの魔術を解除するのはとても時間がかかるわ。私は魔術の解除なんてできないし、もしできてもせいぜい水に関わるものの一部くらいね」
「それなら心配ないよ、僕に任せておいて」
「?」
ユーティの懸念はもっともであったが、レイヤーはそれを否定した。なぜならその手は、マーベイスブラッドに添えられていたから。
***
アルフィリースたちはまず正攻法に出た。ギルドに出て情報を探す者、町中の情報屋に辺りをつける者、そしてアルフィリースは自分にしかできないことを行った。それはアルネリアの名代として、ターラムの運営会議に出席することである。
ターラムには一般的なギルドとは別に、各商業部門を取り仕切る組織がある。ターラムといえば俗に『快楽の街』と呼ばれるが、それは何もいかがわしい意味ばかりではなく、食事、遊興、観光、売買と、あらゆる種類の快楽を取り揃えているからなのである。
それら各種産業を取り仕切る組織の長が集まるのが、運営会議だった。アルフィリースが出立を急いだのは、この会議が毎月10日に開かれることを聞きつけたからだ。通常ならアルネリアの関係者といえどもこの会議に出席するほどの権限を持たないが、さすがに大司教ミランダの名前を出されてはターラムも承諾せざるをえなかった。彼らにとっても、アルネリアの庇護は重要だ。アルネリアに面と向かって歯向かい、睨まれるのは御免被るとでも言わんばかりに、ご丁寧に招待状まで送ってきた。
アルフィリースは合流に間に合ったライン、ロゼッタに、ウルティナ、エクラ、リサ、ラーナを伴った面子で会議に赴いていた。その道すがら、ラインが渋面をしていた。この展開に納得がいかないらしい。
「不満そうね? 私の決定が原因かしら」
「当然だ。アルネリアの尖兵みたいな依頼を受けやがって。しかもミランダの名代としてここに出向くだと? 俺たちがアルネリアの手先だって噂が広まっちまうだろうが」
「広めなくても、どうせそういうことになっているわよ。そして私たちもアルネリア失くしては存在できない。ならば利用できるところは利用させてもらうわ」
「そういう話は、私がいないところでやっていただけませんか?」
ウルティナがぎろりと睨んだのでさすがに二人も控えたが、考えていることは皆同じだった。強引に過ぎる。だがアルフィリースには一つの目論見があった。まずターラムに支配者がいるとして、最も高い可能性は会議の中の誰かが権力を独占していること。会議に各組織の長しか参加でないとしたら、その実態も漏れ出ない可能性が高い。もしアルネリアの名代としての依頼が断られていたら、ルナティカやレイヤーを各組織の長の元へ派遣するつもりだった。その場合、物騒な手段に訴える可能性がある。ならば多少強引でも、自分が乗り込んだ方がよほど穏便だろうと考えたのだ。
そこまでの可能性は誰にも話していないが、ラインは目でわかっていると言いたげに訴えていた。口論をしているようで、ラインはアルフィリースの意図を理解している。それどころか、おそらくその先の一手も考えているだろう。口にはしないが、アルフィリースはラインをその点では信頼していた。
それぞれの面々も今回の依頼について考えることがあるのだろうが、一人だけ妙にそわそわしている者がいた。なんと、ロゼッタだ。いつも横柄なくらいの態度なのに、今回は妙に所在なく馬車の外をみたり、もじもじしたりしている。どうしたことかとアルフィリースが丸い目で見守っていると、ロゼッタと視線が合った。
続く
次回投稿は、1/10(日)18:00です。