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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その28~不言実行①~

***


「さて、どうしたものかな」


 レイヤーは部屋を出てから、一人ターラムの雑踏を歩きながら思案に暮れていた。今回は明確な指示をアルフィリースやルナティカからもらったわけではない。エルシアに伝えたラインからの言葉は本当で、手入れを任された剣が何本かあったから持ち込んだのは事実だ。ただそれは剣の手入れの指導をするという意味であり、何も今回でなくともよかったし、レイヤーとしてはそれを口実に今回の遠征に同行した形になる。

 レイヤーは依頼の内容が支配者と呼ばれる人探しとは聞いていたが、どうにもこの街をあてどなく探索するのは気が引けた。それは、この街に漂う雰囲気が好きになれなかったから。一つ路地を入ればそこには暴力と欲望が渦巻く世界が広がるのはスラスムンドと変わらなかったが、怪しくねっとりと絡みつくような危険な匂いが鼻につくのは、スラスムンドとは全く違う。

 スラスムンドでは直接的な危険が多く、それらを避けるすべはレイヤーも心得ているが、背後から忍び寄っていつの間にか内部を腐らせる毒のような危険は、レイヤーも避けるすべを心得ていない。気づけば抜け出すことのできなくなっているような危険――例えるなら蜘蛛の巣や、底なし沼のような恐ろしさをレイヤーは感じていた。

 かといって、ギルドのような当たり前の方法では、求める答えにたどり着くことはできないと直感している。自分らしく、また自分にしかできないことを考えると、自然と足は危険な地帯へと向いて行く。だが単独で動く以上、何らかの保険が欲しいのも事実。ルナティカの援護を、今回は期待できない。

 悩んだ挙句、レイヤーはまず目の前に案件から片付けることにした。


「そろそろ姿を表したらどうだい? ユーティ、イル」

「げっ、なんでバレたし」

「おかしいなー? 隠遁の術は完璧なはずなのに」


 背後からイルマタルとユーティがすうっと姿を現していた。その姿はまだレイヤーにしか見えないはずだが、簡易な人除けも合わせて使っているのか、人通りは自然とイルマタルの立っている部分を避けていた。

 レイヤーは小さくため息をつくと、イルマタルを窘めていた。


「イル。どうしてついてきたんだい? 今回の依頼では同行は団長に許可されていないはずだよ?」

「だってー、ついてきたかったんだもん。それに今回は戦いじゃないから危険はないんでしょ?」

「戦いじゃなくても、危険なことはいっぱいあるよ。それに、前回のことで――」


 そこまで言いかけて、レイヤーは口をつぐんだ。これはイルマタルはおろか、団員の中でもほとんど誰にも知られていないことだ。前回の幻夢の実の一件以降、今後どうするべきかをアルフィリースはマイアやラキアに相談していた。幸いにしてイルマタルに変化の様子はなかったが、アルフィリースはしばらくイルマタルの様子を観察するようにラキアとマイアに言いつけたのである。それが現在アルネリアにいないとなれば、さぞかし大騒ぎになっているだろう。知らぬはイルマタル本人ばかりだ。

 レイヤーがなぜそのやりとりを知っているかと言われれば、彼が常人の数倍の聴覚を持っているからに他ならない。誰にも言っていないが、レイヤーは戦い始めてから感覚が今までの何倍も鋭くなっていることを感じていた。その気になれば歩く時の振動で誰が近づいているかを察知することもできるし、一町先の会話を聞き分けることも可能である。センサーとしても活動できるだけの感覚を、レイヤーは意志一つで使い分けることが可能となっていた。

 ただこれを話すと日常生活にかなりの制限が課されそうなので、誰にも話していはいない。ただこの感覚を使えば、イルマタルの隠遁の術を察知することは簡単だった。隠遁の術では気配や音を消せても、匂いを完璧に消すことはできないから。

 とにかく、レイヤーは自分が知っていてはおかしいことを話すわけにはいかなかったので、口をつぐんでいた。アルフィリースに近づく危険を排除する、あるいは悩みの種を排除する以外の他意を持たないレイヤーではあったが、盗み聞きのような真似をしたことにうしろめたさを感じないわけではない。だがそんなレイヤーの戸惑いに気付いたのはユーティ。さすがに狡いこの妖精は、駆け引きではレイヤーよりも上だった。


「なんだかやましいことがあるようね~。言ってみなさいよ、うりうり」


 ユーティがレイヤーの頬をぐりぐりと肘で小突く。レイヤーはその肘を優しくどかすと、切り返した。


「そういう二人こそ、こっそりついてきたんだろ? それでみんなの前に姿を現すわけにもいかないから、僕の前に現れた。違うかい?」

「むぐっ。あんた、やりにくい子ねぇ・・・」

「そうなんだよね~来たのはいいんだけど、ママは本当に忙しそうだし。どうしたらいいかなと思って。だから活躍すれば、ママもここにいてもいいよって言ってくれるかなと思って」

「それで、なんで僕なのさ」

「だって、レイヤーってこっそりママの役に立っているんでしょ? 本当の力を隠しているよね? 黙っていてほしいならそれでもいいけど、私もママの役に立ちたいし。交換条件、どう?」

「イル、君は・・・」


 レイヤーはイルの幼さを指摘しようとして無駄なことに気付いた。イルマタルは姿こそ幼くとも真竜なのだ。今更ながらにレイヤーはそのことを思い知らされた。



続く

次回投稿は、1/8(金)18:00です。

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