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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その25~雑踏の中で③~

「儂にもわからんよ。ただどうにもターラム全体の様子がおかしいのは確かじゃ。久しぶりの故郷だが、このような空気は味わったことがない。甘ったるいような、それでいて不快感が非常に強い。収穫祭や夏至祭のような開放感にあふれた感じとは違う。どこか歪んだ、気色の悪い匂いじゃ。そうじゃな、例えるなら――年老いた者たちの下手な情交を、間近で強制的に見させられるような感じかのう?」

「なるほど、言い得て妙だ。確かに不快だな、それは」

「じゃから、その正体がわかるまではうかつに動かん方がよかろう。遥か昔に嗅いだような気もする臭いじゃが――はて、とんと思い出せん。

 それは別としても、先ほどの中にアルネリアの巡礼、しかも相当上位の者が紛れ込んでいたようじゃ。奴らは戦闘能力はともかく、とにかくしつこい。目をつけられないにこしたことはないだろう」

「それはわかるが、ならばなぜ先ほどはちょっかいを出したのだ? 財布をすり返された団員の意趣返しでもあるまい」


 ゼムスの問いにバンドラスはあごをかきながら答えた。その仕草はまさに親に対する言い訳を考える子どものようでもあった。


「たまたま見かけたからじゃが――『特性』持ちがいたでな」

「特性持ち。それはお前や俺のような、か?」

「そう、我々のような、じゃよ」


 バンドラスは楽しそうに笑みを浮かべていた。


「どんな特性かはわからん。じゃが、儂たちと同じような特性持ちが、最低三人おったわ。特性持ちどうしは臭いでわかるでな。そのうちの一人があの盲目の少女じゃ」

「それだけ鼻がきくのはお前ぐらいだと思うがな。だが三人もいるとなると、それは気になるな。となると、やることは一つ」

「仲間になるならそれでよし。ならなければ消す。いつも通りよ。それはそうと、おぬしこそ何かを知っておったかな? 儂がおったから現れたわけではあるまい。儂もお主が突然現れたせいで、引いたのじゃしな」

「女を――見ていた。長い黒髪の女だ」


 ゼムスの答えに、バンドラスが珍しい物を見るように目を開いていた。


「ほ――ゼムスにもそのようなことがあるか。女は犯すか殺すかのどちらかと思っていたが」

「アナーセスやダートと同じにしないでもらおう。私も自分で少々戸惑っているのだ。あの女に興味をひかれた、それも見るなりな。その意味を考えているところだ。あれが誰か知っているか?」

「儂も見るのは初めてだが、天翔傭兵団イェーガーの団長アルフィリースではないかね? ああ見えて、相当剛の者で切れ者だという評判だが。見目も悪くなかったが、いかんせん乳臭いのう。五年後に期待、というところじゃな。お前さんはああいうのが好みかね?」

「お前の趣味は聞いていないし、そういうわけでもない。確かに見た目はそうだな――美人ではあると思うが。好みとも少し違うようだ。この感情をどうしたものかと考えている」

「考えるよりも話してみればよかろうよ。お前の誘いを断れる女などいようはずもない。『英雄』と『魅了』、二つの特性持ちの、お前の誘いをな」

「そうだな、それだけではないが。再び会うことがあればそうしよう」


 ゼムスが一つの考えを決めたが、バンドラスは目を細めて心底気の毒そうにつぶやいていた。


「そうするがよかろうよ。じゃがしかし運がないのはアルフィリースとやら――お主に関わられて破滅しない女などおらん。骨の髄までお主に喰い尽くされるか、捨てられて散っていくか。その末路が哀れよの」

「私のことをなんだと思っている?」

「英雄じゃよ。人とはあまりにかけはなれた、な。人間にそなたの気持ちはわかるまい。じゃからこそ、我々のような者たちとつるんでいる。違うかね?」

「・・・用が済んだのなら早々に消えるがいい」

「怒ったかね? まだまだ青いのう、勇者よ。まあよい、儂の忠告は聞いておけよ?」

「忠告痛み入る、ご老体。あなたもあまり羽目を外されぬことだ。ターラムに戻ってきたからには、例の悪い発作が出ているのだろう?」

「くく、儂はうまくやるさ。誰にも今までばれておらぬのだからな。では何かあれば、いつものように連絡してくれ」


 バンドラスは手を上げて去っていった。その際に、もう一つ思い出したようだ。


「ああ、そうそう。もう一つだけ忠告があったわい。ターラムで流行っている妙な薬があっての」

「薬。劇物か?」

「そうそう、なんでも口にすると人外の力を得られるとかなんとか。名前はなんて言ったかの。エクス――なんとか」

「・・・エクスぺリオンか」

「知っているのか?」

「他の場所で少しな。しかしここにまで・・・そうか。ギルドが認識している様子はなかったがな」

「勇者として動くか?」

「そうだな。フォスティナやアーシュハントラにそれとなく話しておけば、勝手に動いてくれるだろう。面白ければ、私が動いてもいいとは思うが」

「ヒョホ、やはりゼムスはゼムスじゃの。どうしてお前が勇者などともてはやされるのかのぅ」

「知らんよ、勝手に祭り上げた連中に聞いてくれ。私は特性の導くまま、本能の赴くままに生きているだけだ」

「――ヒョヒョ。真に重畳」


 バンドラスもそれ以上はさすがに何も言わなかったが、内心ではゼムスに毒づいていた。自分は自分を悪として認識しているが、ゼムスはそうであるにも関わらず、周囲にはそう受け取られない。悪なら悪らしくあればいいのだが、なぜかこの男の場合はそうならないのだということに、嫌悪感を覚えていた。

 『英雄』の特性が、どうしてこんな無慈悲に破壊をばらまける男に授けられたのか、不思議でしょうがないのだ。



続く

次回投稿は、12/30(水)19:00です。

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