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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
119/2685

中原の戦火、その7~滅亡~


***


 2人が首都近郊に着くと、既に戦闘は開始されていた。どうやらグルーザルドの援軍は間に合わなかったらしい。近くに寄るわけにもいかず、遠眼鏡でその様子を見ようとするライン。だがさすがに遠すぎたのか、様子はよくわからなかった。


「くそっ! ケチらずにもっと良い遠眼鏡を購入しときゃよかった。細かいところが見えやしねぇ。かといってこれ以上近づくのも危険ときた」

「心配するな、我が見ている」

「ダンサー、お前、見えるのか?」

「まぁな。我は目が良い」


 剣に視力もへったくれもないだろうがというツッコミはさておき、ラインも詳しい状況は知りたかったので、大人しく細かくダンススレイブに聞くことにする。


「どんな状況だ?」

「もうすぐ・・・城壁が破られるな」

「何だと!? 早過ぎるだろ」

「そうかな。ランバウールが半日前に落ちたとして、ランバウールからここまで馬で3刻。ランバウールを落としてから走りながら隊列をまとめ、ここに襲い掛かるのは理論的には無理な話ではないだろう。

 それに獣人の城はそれほど堅固ではない。先ほどのランバウールに比べれば、この城の造りは粗末だ」

「そりゃそうだが」

「そうこう言っているうちに一角が突破されたぞ。あれは・・・もうダメだな」


 ダンススレイブが見たのは、城壁の一画に登り切った兵士が、一瞬で城壁の兵士を蹴散らす場面。素人でもその実力の違いはわかっただろう。結局ガルスが言った通りの光景が展開されていた。そしてダンススレイブが目線を外し、ため息をつく。


「どういうことだ?」

「どうもこうもガルスの言った通りということだ。先頭で城攻めをしている連中は実際化け物だ。城壁に上がったとたん、5人まとめて獣人の首をすっ飛ばしたよ」

「それはわかってる。そういうのが何人いるか数えてくれ」

「わかった」


 ダンススレイブはじっとしばらく目を凝らしていたが、どうにか数えたられたようだ。


「およそ100~150人というところか。思ったより多くないな。後は一般の普通の兵士のようだった」

「チビハゲはいるか?」

「ひどい言い草だな。だが先頭集団と共に切り込んで行った中に、そんなのがいたな」

「先陣を切ってるってのか?」


 ラインが目を丸くする。


「そういうことだ。剣技は無茶苦茶だったが、とにかく強かった。身体能力がとてつもない。まるで暴れ馬を見ているようだったな」

「ますますありえんな、そいつが多分ムスター王子なんだろうが・・・中に入ってからの様子はわかるか?」

「いや、ここからではちょうど遮蔽物が多くて無理だ。中央の王城まで戦闘が及べば分かるようになるかもしれん」

「どのみちそこまで戦火が及んだら、もうどうしようもないな。それも時間の問題なんだろうが」


 2人はそのままじっと同じ場所にたたずんで、ザムウェドが滅んでいく様子を見ていた。首都ゲッダハルドのあちこちからは火の手が上がり、煙は雨雲のごとく空を覆い、住民や兵士の叫び声やうめき声が不気味な唸り声のようにこだまし、遠く離れた2人の所まで聞こえてくるかのようだった。

 そしてラインが到着してからおよそ数刻、ゲッダハルドは陥落した――。


***


「ライン、もう戻らないか。奴らに見つかっては厄介だ」

「ああ。だがこの後、連中がどうするのかまで見届ける」

「・・・わかった」


 そのまま2人はその場にじっとしていたが、どうやら首都が陥落した後もクルムス軍は出てくる様子が無い。どうなっているのかと訝しんでいる間に夜も更け、その場で2人は夜を明かした。だが夜が明けると同時にクルムス軍がその姿を現した。どうやら兵をまとめてクルムスに凱旋するようだ。だが・・・


「・・・数が少ないな」

「ああ。1万いないんじゃないか?」

「どういうことだ?」

「我に聞くな」


 ダンススレイブの反論も尤もだ。ラインも様々ん可能性を検討してみたが、どうも昨日の段階ではクルムス軍はまだ2万はゆうにいたようだった。ガルスいわく、獣人相手ではほとんどクルムスに戦死者は出ないはずなのだが、数はそれでも減っているようだった。だがこの減り方は異常かもしれない。

 ラインとダンススレイブはその場に隠れたままクルムス軍が完全に撤退するのを見届け、その後こっそりとゲッダハルドに入って行った。だがそこで見たものは、またしても彼らを驚愕させた。ザムウェドに入ってからこっち、かなり衝撃の事実を突きつけられ続けているので、もう大抵のことでは驚かないだろうと思っていたのだが、どうやら現実とは想像を超えるものであるらしい。


「おいおいおい、ここまでやるか・・・?」

「さしもの我も胸が悪くなってきた・・・こういうときには吐けた方が楽なのかもしれないな。まったく、剣であるこの身が恨めしい」


 2人が見たのは虐殺されたゲッダハルド市民もそうだが、同様に、いや、よりひどくクルムス兵達が殺されていた。ある者は首を吊るされ、ある者は磔にされ、ある者は馬車につながれ車裂きにされたようだ。


「ゲッダハルドを占拠した後、同士討ちでもしたというのか? ありえん!」

「もう俺は何が起こっても驚かねぇよ。それに同士討ちっていうか・・・虐殺だろ、これは」

「では大将の命令で、兵士が同胞を虐殺したというのか?」

「そうなんじゃねえの? 問題は何がそれをさせたか、だが」


 ラインは仮説を立ててみる。仮にダンススレイブが見た150人程の異常に強い兵士たちが全て第三王子の命令に完全に従うとして・・・いくらなんでもその他2万を一方的に殺すことは無理だ。もしそうなればいくら君命でも抵抗するだろうし、よしんば勝てないとしても逃げ出すことくらいはできるだろう。問題は2万のうち半分が黙って殺されたという事実だ。

 ラインがちらりと建物に目をやると、おかしな場所に不思議な傷がある。二階の壁に爪跡があったり、屋根に何かが当たったように崩れた後があったり。今までも多少は見たが、ラインはそれほど気にとめてはいなかった。だが今回は明らかに跡が多い。


「何か巨大な生物でも暴れたのか・・・? ダンサー、何か巨大な生物を見たか?」

「いや、ひどい煙と埃で途中からはほとんど見えなかったからな。正直城壁が破られてしばらくすると、大して何も見えなくなった。昨日言ったではないか」

「ちっ、役にたたねぇな」

「使えん遠眼鏡を持ってきた貴様が言うな」

「んだと?」

「我に突っかかる暇があるなら、生き残りを探したらどうだ?」

「わかってる!」


 ラインもかなりイライラしているらしい。この光景に胸が悪いのは彼も同じなのだろう。だが生存者は期待できないかもしれない。家屋によっては非難目的に限らず食糧貯蔵のための地下室があるが、ご丁寧にどこもしっかり開け放たれて火を放たれる、あるいは引きずりだされて殺されていた。

 それでもこのゲッダハルドの住民は30万はゆうにいたはずである。全員をたかだか2万の軍勢が一晩で皆殺しにできるとは考えがたいのだが。


「誰も生き残りはいないのか!? 誰かいたら返事をしろー!」

「大声はやめろ。クルムス兵が残っていたらどうするんだ」

「知るか! ガルスの分も含めてブッ飛ばしてやる!」

「やれやれ」


 ラインは妙に正義感が強い所が先行することがあるから困る、とダンススレイブが嘆息する。普段が非常に冷静な反面、一度頭に血が上ると後先を省みないところがあるのがラインの欠点だと、ダンススレイブは常々思っていた。だが大概の事態には冷静に対処するラインなので、その欠点もいつもならまず問題にならないのだが。

 こういう時にはダンススレイブの方が冷静なので、なんのかんのいって2人は良い相棒なのだろう。ラインが荒れて適当に足元の物を蹴飛ばしながら大声を張り上げる間、ダンススレイブは何か違和感を感じたので城壁の外が見渡せそうな場所を探し、駆け上がってゆく。そこで彼女は外の光景を確認すると、慌ててラインの元に戻ってきた。


「ライン、急いでここを離れるぞ!」

「なんだぁ? 何があった?」

「グルーザルド軍の先発部隊だ! 半刻もなくここまで到達するぞ、急げ!」

「そりゃ見つかると厄介だな。くそっ、肝心な事は何もつかめないままか!」


 だがグルーザルド軍に捕まれば無事には済むまい。同盟国を侵略されかなり怒り狂っているはずであるから、たとえ無実だとしても、その場で言いがかりをつけられ殺されても不思議ではない。それでなくとも獣人は気性が荒い者が多いのだ。

 慌ててその場を離れる2人。だがこの2人の睨んだ通り、ゲッダハルドの住人は全滅したわけではなかった。ごく少数ではあるが、この惨劇を生き延びた者もいたのだ。ただ彼らは早々に隠れたため何も見てはいなかったし、一時的に都市を離れた者も同様であった。その点では生き残りを探せたとしても、ラインが得られる情報は何もなかったかもしれない。

 そして全てを見ていた者もいるにはいた。それは空を飛ぶことが可能な獣人達。グルーザルドが斥候として放っていた面々である。彼らが緊急を伝えたからこそ、グルーザルドは準備不足ながらも全速力で先発隊を派遣したのである。

 だが第三王子ムスターが伝令すら出させない完璧な包囲でもって各都市を落としたことと、自軍すら省みない速度で進軍したことで、油断が無かったはずのグルーザルドでさえ後手に回らざるを得なかった。とはいえ自軍が最終的に2/3を失ったことを考えれば、ムスターの指揮は決して褒められたものではなかった。

 しかし過程はどうあれ、ザムウェドは滅びた。それはムスター王子が参戦してから実に18日目の出来事であった。クルムス軍が通過した後は本当に草一本残さないかのごとく焼き尽くされ、人々の無念のうめき声が聞こえるかの如き惨状を呈していた。



続く


次回投稿は1/22(土)12:00です。


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