表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
1189/2685

快楽の街、その24~雑踏の中で②~

***


 そしてその男は、ターラムの雑踏の中を悠然と歩いていた。これほど人がごった返した雑踏では人同士がぶつかるのが普通なのに、その男は不思議なことに誰にもぶつかることなく、悠然と進んでいた。まるで見えない壁にでも守られているかのように。

 そしてそんな男の傍に、少年がするりと近づいて話しかけたのだ。少年の前には、あらゆる防壁が無効であるかのようだった。そしてもう一つ驚きなのは、その口調がまるで少年じみていないことである。


「久しぶりじゃの、ゼムス」

「いたのか、バンドラス」

「いたのかとはご挨拶よ。ターラムに来る時には声をかけよと言っておるのに」

「お前はいつも、いるのかいないのかがわからないからな。声をかけるのも億劫になる」

「ヒョヒョ、それもそうかの。ここに帰ってくるのも久しぶりじゃしのぅ」


 バンドラスは快活に笑っていた。これが大陸でも有数の盗賊団を率いる男だとは誰も思うまい。義賊のバンドラス――またの名を、無手無貌むてむぼうのバンドラス。

 バンドラス盗賊団の功績は大陸に轟くほど有名だ。悪徳商人しか襲わない、非道な地主からしか巻き上げず、貧民に奪った財宝を分け与える。ギルドから手配される盗賊団でありながら、同時にギルドに属して依頼を受けることもある盗賊団。その階級はA級。貧困層を中心に支持を集める、稀有な盗賊団でもある。だがその知名度の割に、首領であるバンドラスの顔を知っている者は誰もいない。

 ある時バンドラス盗賊団の者がまとめて捕まった時、彼らに書かせた首領の人相書きが誰も一致しなかったのは有名な話だ。ある者は老人を描き、ある者は子どもを描いた。これは絵の巧拙の問題ではなく、バンドラスは誰にもその正体を明かしていないのだという結論になった。

 またその気配も特有で、バンドラスは名乗りを上げて貴族から財宝を巻き上げる時もあったが、その際に無数の手に囲まれるような気配を多くの者が覚え、気付くと財宝がないといった有様だった。同時に、誰もその正体を見ていない――これらの逸話を集めて出来た渾名が、無手無貌のバンドラスだった。

 だがそれはあくまで表の、巷に知られたバンドラスの一端である。無貌のバンドラスは、同時にいくつもの顔を使い分ける。そのバンドラスのもう一つの顔とは――。


「ターラムにはいつもの面子で来ておるのか?」

「ああ、そうだ」

「『賢者』や『格闘家』はどうした」

「知らんよ。召集をかけない限り、どこかで勝手にやっているのだろう。『策士』はローマンズランドにいると連絡があったが」

「なるほど、じゃからローマンズランドは侵攻を開始したのか。策士が率いる軍隊は無敵じゃからな。あれが裏から手を回しておるのなら、ローマンズランドに負けはあるまい」

「はなから負ける気がなければ、だがな」

「おかしなことを言う。最初から負ける気で戦争を仕掛ける馬鹿がどこにおる」

「さて、その辺は俺も何とも。奴の考えることは俺にはよくわからんよ。それより、何か用があったのではないのか」

「おお、そうじゃった。仲間のよしみで、忠告を二つほど」


 バンドラスはへらへらとした表情から、やや引き締まった表情になった。それだけで、この男なりに真剣なのだとゼムスも理解した。


「アナーセス、ダート、エネーマにしかと伝えておけ。今回はあまり羽目を外すな。外したいのならそれなりに場を整えてやるから、しばし待てとな」

「何かあったのか?」

「大有りよ。前回奴らがターラムで何をしたか忘れたか? 娼館一つ分の娼婦と男娼どもを壊して、殺し尽したろうが。儂も褒められた口ではないがな、奴らも十分に異常だよ。あの事件をもみ消すのに、儂がどのくらい労力を費やしたと思う?」

「感謝はしている。おかげで悪評は全く立っていない」

「そりゃあ、あれだけ厳重に口封じをやればの。じゃが、ターラムの支配者には知られてしもうた。儂のところに通達が来たよ。次はないぞ、とな。儂の居場所を探るなぞどうやったのかもわからんが、儂も支配者だけには逆らうのは得策ではない。ターラムの生まれで、ターラムで育ったからこそ、奴らの恐ろしさは知っておるつもりじゃ」

「ターラムの支配者? 噂話ではなかったのか」

「支配者はおるよ、確実にな。儂ですらその姿を見たことはないが、確実におる。ただ、余程の事態にならんと動かんがの。彼らの怒りの琴線に触れたということじゃ。本気で支配者を怒らせたらどうなるかは、儂もわからんわい」


 ゼムスはしばし考え込み、バンドラスの意見に同調した。


「わかった。だが我々もかなり血を見る依頼が続いていてな。奴らの鬱憤はそろそろ限界だ。放出させてやらんと、死ぬのはスコナー共だけでは済まなくなる」

「やれやれ、やつあたりでスコナー共を何人殺したのやら。7日待て。その間になんとかしてやる」

「5日だ。それが俺が押さえつけておける限界だな。大陸最大の人身売買の商人だろう、なんとかしてみせろ」

「ちっ、儂相手にも交渉するかよ。それに組織を仕切っておるのは『商人』ヤトリの方で、儂は現地で調達するだけなのだと何度言ったらわかるかの・・・まあよかろう、5日で何とかしてやる。その分報酬は弾んでもらうぞ?」

「もちろんだ。金だけは有り余っている」

「よし、これで一つ懸念は伝えたな。もう一つはこの街に広がる不穏な空気のことだ。お主のことじゃから気付いたか?」

「ああ、血の匂い――しかも負と憎悪の匂いが強いな。据えたような臭いもだ。何があった?」


 ゼムスはこれにも明確な答えを期待したのだが、バンドラスの反応は鈍いものだった。



続く

次回投稿は、12/28(月)19:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ