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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その23~雑踏の中で①~

「戦奴は死ぬことを前提として消費される奴隷のことだ。戦争に駆り出されることもあるし、適当な戦争がなければ剣闘士として戦うこともある。だが剣闘士には規約があるが、戦奴には権利を保障するものは何もない。だがその分報酬は非常に高く、望んで戦奴になる者もいるくらいだ。何せ生き残った者の総取りだからな。戦争でたった一人生き延びれば、一晩で財産が築ける時もある」

「貴方は望んで戦奴になったの?」

「村は貧しかった、余計な子供は間引かれた。私は死にたくないと泣き叫び暴れた結果奴隷として売られ、ラペンティ様に拾われた。アルネリアに拾われる孤児としては珍しくもない、よくある話だ」

「そこから上位の巡礼か。英雄譚ね、子どもたちが好きそうだわ」

「良いものではないだろう、突き詰めればただの人殺しだ。そして今も殺している――さあ、繁華街に出るぞ」


 マルドゥークが告げた途端、目の前が開けた。そこには大勢の人と、活気ある街並み。通りには美味しそうな香りが漂い、肉や鮮魚が売られる一方でその場で調理されていた。また街を彩る宝石や金銀細工も、目も眩むほどの量が並んでいる。それだけではなく、傭兵が好きそうな武器防具の店や、青果、雑貨、怪しげな占いなど、数えきれないほどの露店が並んでいた。通りの広さと規模こそミーシアに及ばないかもしれないが、人の多さはそれ以上だった。


「凄いわね! 一気にこれだけ雰囲気が変わるなんて」

「まさに光と闇ですね」

「ターラムでは明確な棲み分けがなされている。通りを一つ挟むだけでも貧富の層がくっきりと分かれることは珍しくないわ。ただ気を付けないと、ミーシアほど品は良くないということよ。中には奴隷商人とつながっている料亭や、偽物を掴ませる装飾店も多々あるわ。特に露店の類はあまり見ない方がいいでしょう。一日で消えてしまう店が多い分、怪しい店がほとんどよ。たまに掘り出し物が並んでいるのが、ターラム通にはたまらないそうだけど」

「ジェシアを連れてくればよかったかしら」

「放っておいても仕入れにくるでしょう。しかし珍味の集まる土地とは聞いていましたが、おいしそうな匂いが漂いますね。ちょっとその辺で買い食いしませんか?」

「何の肉かわかったものじゃないから、やめた方がいいでしょう。それよりも宿を確保してあるから、そこにまずは行くことね。食べ物ならそこの方がよほど安全よ。それから財布を注意しておきなさい。ターラムのスリは一級よ。油断していると騎士でも盗られるくらいだから」

「はあ、確かにそれなりに腕の立つのはいましたね。既に三度スリ返しましたが」


 リサの手のひらにはいつのまにか巾着が三つある。それを見て、ウルティナがふっと笑いをこぼした。


「一級のセンサーには無用な心配でしたか」

「私も貧民街出身なものでして。こういう猥雑な雰囲気は懐かしいのです」

「・・・リサ、気を付けて。さっきの奴らは囮。本命が近くにいる」

「いやいや、ルナ。盗人に本命もへったくれもありますか――」


 リサの言葉が言い終わらぬうちに、その場にいた全員が無数の手に囲まれるような錯覚を覚えた。気配を消すのではなく、あえて無数の気配を感じさせることで的を絞らせない手法。リサがその出所を探ろうとしたその時、既に手の中の三つの巾着は消えていた。


「な――」


 だがなおも消えぬ気配は報復を求めているのか、その手に殺気が浮かぼうとした時、アルフィリースの目には一人の男が映っていた。


「え・・・?」


 アルフィリースの視線はその男に釘付けになっていた。男は確かに整った顔立ちであったが、それ以上に高貴な雰囲気もあり、そして強者特有の雰囲気も纏っていた。向うもアルフィリースの視線に気づいていたのか、互いに視線が交錯すると、雑踏の中しばし見つめ合う形になった。

 だが男は視線をふいっと外すと、雑踏の中に消えていった。同時に、無数の手の気配も消えていた。


「・・・今のは?」

「『無手の盗賊』バンドラスだろうな。自ら義賊を名乗り、盗賊団を率いる男だ。ただ気配だけが伝え聞く通りというだけで、その顔は知られていない。一節には老人だとも、子供だとも。噂ではこのターラムが拠点だとも言われるが、何せ噂ばかりが無数にある男だからな。その正体は私も知らないが・・・この噂ばかりは本当だったようだな」

「いえ、そうではなくて。さっきの男の人は--」


 マルドゥークが答えたが、それはアルフィリースの問いかけに正確には答えていなかった。そしてそれとは別に、リサは屈辱を感じていた。特にセンサーを妨害した風もないのに、あっさりと懐に入られたからである。相手がその気だったら、とっくに死んでいたかもしれないのだ。だがリサの心中を察したのか、ルナティカがその肩を叩いた。


「大丈夫、リサ。相手に殺気があれば私が反応している」

「なら、よいのですけど」

「相当の使い手だった。それは間違いないけど」


 いくら雑踏の只中とはいえ、ルナティカも相手の接近に気付かなかったことに悔しさを覚えていた。そして呆気に取られながらも落ち着きを取り戻す面々の中で、ラーナはアルフィリースの呆然とした表情に気付いていた。


「アルフィ、どうかしました?」

「さっきの人――すごくかっこいいよね?」

「は?」


 ラーナがめをぱちくりとさせる中、アルフィリースはしばし先ほどの男が去っていった方向を、じっと見つめていたのである。



続く

次回投稿は、12/26(土)19:00です。

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