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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その22~新しい依頼⑬~

「リサ、既にミランダから内々に通達があったのよ。ターラムで、異常事態が発生しているとね。ターラムは大陸最大の歓楽街だわ。当然諍いも増えるし、野蛮なことも多々ある。ターラムの自警団は優秀だけど、それでも行方不明や暴行、時に殺人などもあり得る場所よ。そうね、判明しているものだけで、月に十数件は刃傷沙汰があると聞いているわ。

 だけどそれがここ数ヶ月で100を下らない数になっている。そして、調査をしていたアルネリアの関係者がついに死んだわ。詳細は不明。だけど、ターラムという街の特殊性は考慮される」

「私たちが出向いたのは、何もアルフィリースの補佐をするためだけではないのだ。戦いになるかどうかはさておき、この街での調査も必要だ。だからこそ、人員を多く連れてきている。ただ、一つの懸念はターラムが協力的ではないことだ」

「あの街は多額の金を収めることでどこの国にも属さず自治を保つ、数少ない自由都市の一つです。それだけに街の住人には誇りがある。どこの国の庇護も受けず、街を守ってきたという誇りが。アルネリアの支部はあるのだけど、アルネリアに協力を求めはしないでしょうね」

「・・・ならばやはり疑問です。なぜジェイクが必要なのです?」

「保険だ。ジェイクの勘は良からぬ物に対して非常に強く働く。今回の件に魔物が関わっていた場合、ジェイクの勘が頼りになる可能性は高い」

「と、いうわけよ。出立後になったのは悪かったけど、私もつい今朝聞かされた話なの。話す機会が遅れているのは腹立たしいけど、堪えてあげましょう」

「堪えるも何も、ジェイクの騎士としての活動に口を挟む謂れはありません。ただ――」

「ただ?」


 リサは逡巡を交えながら口を開いた。


「一言欲しかっただけなのです。どんどんあの子が遠くに行ってしまうような気がして。これがただの身勝手な寂寥感なのはわかっていますが、私とて朴念仁ではありません。

 巡礼のお二人にお願いします。任務を妨げるようなことは致しません。内容を漏らすようなこともしません。せめてジェイクの口からどこにいくのか、私に伝えるようにしてもらえませんか? 帰ってくるのが私の知らない土地で死んだ彼の訃報だけでは、頭がどうにかなってしまいそうですから」

「・・・善処しましょう」


 ウルティナは思わず頷いていた。本来であれば巡礼や神殿騎士団の仕事は誰にも知らせずに行われることが通例だが、この少女、いや女性だけは信頼してもよいと思ったのだ。また同じ女として、共感しもした。

 そして、彼らはターラムに到着する。だがその街の表情は、大陸最大の歓楽街とは思えないほど、うらぶれていた。人気はなく、あたかも廃墟であるかのよう街の入り口に、アルフィリースたちは愕然としていた。


「これが大陸最大の歓楽街・・・?」

「ここは四の門だからな。ターラムは昼と夜の顔が全く異なるが、その中でも最たるものだ。通常なら一の門か二の門を使うのが旅人の作法だが、我々は仕事だからな。そして人目に触れたくない時はこの門を使う。これはターラムの作法――決まり事なのだ。この門から入れば、どのような職業の者でも見咎められるものではない。たとえ人殺しとして、ギルドに手配されていようともな」

「そんな馬鹿な。それではどうやって治安を保つというのですか」

「ターラムには安全や保障などという言葉は存在しない。誰もが危険を冒し、そして危険と裏合わせの快感を貪る街。それがターラムだ。危険と快感に酔いしれることができない者には、居心地が悪いだろうな」

「うーん」


 真面目なエクラは考え込んでしまったが、人目につかずに街に入れるのは都合がよい。事実、街に入るための審査は一切なかったが、街に入る時に一悶着はあった。入り口付近にたむろする、ごろつきどもに絡まれたのである。

 ごろつきの種類も様々。人間だけではなく、獣人や亜人までいた。中には、ミリウスの民までいた。幸いにしてニア、ヤオ、セイトがあっという間に追い払ったが、少々危ない目を見たのは事実。腕に覚えのない者では、ここから入ることはままならないだろう。


「これだけの人間がいても絡んでくるとはね」

「挨拶のようなものだ。人目を忍ぶ必要がある人間がここから入ってくるからな。それなりの事情がある者ばかりだし、ここにはいないはずの人間も多い。ならばここで消えてしまっても良いだろうと考える奴も出てくる」

「物騒ね」

「まともな通路を望むなら、他の門に行くことだ。普通はそちらから入るだろう」

「逆に言えば、こちらから入ったとしても私たちの動きが知られているとしたら、相手もまっとうな連中じゃないわね」

「ターラムでまっとうな相手を期待するのがどうかと思います」


 ウルティナのいうことはもっともだったが、アルフィリースもどことなく落ち着かない気持ちになっていた。道の横に転がる、生きているのか死んでいるかもわからないぼろきれをまとった老人。子どもを抱いたまま、気の触れたような笑いを浮かべている女。頭を壁に打ち付けながら、呪いの言葉をつぶやいている男。一挙に異世界に入り込んだ気がして、アルフィリースでさえ、落ち着かない気分になっていた。

 その中を、マルドゥークがすたすたと歩いている。道は迷路のように何度も折れ曲がっており、道が狭い分建物が低くとも視界は遮られる。方向性の狂う中、マルドゥークに歩みには澱みがない。


「こっちだ」

「よくそれだけ迷わずに歩けるわね。何度も来たことが?」

「仕事は多い。それに私にとっては慣れた空気だ」

「貧民の出身なの?」

「もっと悪い。『戦奴』というものを知っているか?」

「聞いたことは。剣闘士として使役される奴隷のことね」

「それならば剣闘士と呼べばよいだろう。なぜ別の呼び方があると思う?」

「さあ、どうしてかしら」


 アルフィリースには想像がついていたが、あえて知らないふりをしてマルドゥークの話を促した。



続く

次回投稿は、12/24(木)19:00です。イブじゃないですか。

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