快楽の街、その21~新しい依頼⑫~
「ウルティナ、どうしてジェイクを?」
「その前に、『さん』をつけろと言ったわよ? 私の方が年配よ、敬いなさい」
「やだ」
「んなっ・・・!」
ウルティナが反論する暇もなく、アルフィリースは一気にまくしたてた。
「尊敬って強制するものなの? それに年配かどうかなんて、さして関係ないわ。年のこととか言ったら、ミランダやミリアザールはどうなるのって話だし。私は彼女たちと対等よ? なのに、彼女たちの部下である貴女に私が敬語を使うのは変だわ。むしろ私に敬語を使ってもいいんじゃない?」
「むぐっ・・・」
「やめろウルティナ、見苦しくなるだけだ。この女に弁舌で勝つのは諦めた」
傍には初対面で散々遣り込められたマルドゥークがいた。他にもリサを伴い、彼らは宿の下の酒場で軽食をとっているところだった。他の傭兵団の面々や、アルネリアの関係者も思い思いに時を過ごしていた。これだけ大所帯なので、宿ごとアルネリアの名の下に借り切っている。ウルティナが連れてきた人員が、多少多いのがリサの気になるところではあったが。
食事ではなく、アルフィリースへの行き場のない不満をため息と共に吐き出すと、ウルティナは説明を始めた。
「――ジェイクは今現在、神殿騎士団の中でも注目を集めている。あのアルベルトよりも若年で神殿騎士団に任命されたこともそうだけど、特に魔獣戦闘での実績が飛び抜けている。剣技や体力などでは周辺騎士団に劣ることがあるにも関わらずね」
「理由があるのね?」
「ええ、可能性の話としてね。だからそこのリサに聞いておきたいのよ。年は近いが育ての親なのでしょう? しかも現在では恋人だとか」
「ふふん、褒めても何も出ませんが」
リサはいつものように軽口をたたいたが、どうもそのような言葉が通じる相手ではないとわかり、態度を改めた。
「何を知りたいので?」
「ジェイクの出自よ。本当に何も知らないのかしら?」
「知りませんね。そりゃあ彼の両親を探したこともありますが、ついに探し当てることはできませんでした。子供を捨てる時は普通、何のゆかりもない他所の街に捨てることが多いですから。
野ではなく街に捨てていったということはそれなりに情はあったのでしょうが、結局のところは人でなしです。仮に両親を突き止めても、金銭に困って子供を捨てたか、あるいはそれ以外の理由があるか。どのみち元の関係に戻ることはできないでしょう。
当時の私達は生活していくだけで精一杯でした。彼の両親を探し当てるなど、余計なことに割く力はなかったもので」
「そう。では一緒に暮らしていて、おかしなところはなかった?」
「ありませんね。そもそも心霊力とでもいうのですか? 悪霊の類に対して特化した力を持つような人間は、アルネリアが独占して育てているでしょう。神霊や精霊の類は私のセンサーでもわからない時がありますが、それをジェイクが指摘したなどということは全くありませんね。
運動神経がよく、おバカなところもありますが妙なところで勘が良い。普通の少年の域を出ない子でしたよ、ジェイクは」
「ふむ・・・ならば戦いの中で目覚めたということか。後天的に獲得したということなら、血筋には関係ないのかな」
「どういうことです?」
リサが怪訝な顔をしたので、マルドゥークが冷徹な顔で説明した。
「もしジェイクの能力が血筋に関係するものならば、アルネリアで保護する必要がある。もちろんその血筋は絶やしてはならん・・・意味はわかるな?」
「・・・もっと具体的に言ったらどうです?」
「相性のよい血の者を探し出して、子を成すのに協力してもらうということですよ。わかっていて言わせないでください」
ウルティナがあけすけに言い放ったので、リサはぽかんとしてその言葉を頭の中で繰り返していた。アルフィリースですら少しぎょっとしてその顔を見ていたが、ウルティナは当然のことを言ったとばかりにすましていたのだ。
「想像できないですか? はっきり言って、アルネリアにとっては貴女よりも、ジェイクの方がもうよほど重要になっているのです。先のグリンドの街での戦い。五位の悪霊と認定されたインソムニアを一人で狩ってしまったジェイクは、アルネリアではもう欠かせない存在となっています。歴史上類をみない成果なのですよ、あれは。ですが他にも同等以上の悪霊があと四体――ドゥームの一味がいることを考えれば、ジェイクの必要性はいやがおうにも高まります。ですから――」
「ですから?」
「貴女が嫌でないのなら、さっさと子づくりしちゃってくれません? 最初くらい思い人がいいでしょう。ぶっちゃけ、後がつかえていますから」
ウルティナの歯に衣着せない言い方に、アルフィリースとマルドゥークまでが噴き出していた。リサは衝撃のあまりあんぐりして、口が開いたままになっていた。
マルドゥークがむせこみながらウルティナを問いただす。
「な、何を言っているのだ、ウルティナ!」
「黙ってくれませんか、マルドゥーク。ジェイクのことを司教会の連中がなんて言っているか知っているでしょう? 今の大司教たちは良識ある人たちですからそうそうおかしなことにはならないでしょうが、戦時中であるからこそ人の意見は無視される可能性もある。ジェイクがこれから戦いの機会を多く得ればこそ、避けられぬ議題です。事実、今回ですらその話題はあったのだから。
私はこう見えても女ですからね。好いた男と平凡で平和な家庭を得られるのなら、それはそれで幸せだと思うのです。でも時に大きな流れはそのようなものを押し流しますから。機会を逃してはならぬこともまた事実。
忠告しておきましょう、リサ。最も油断ならぬのは人間です。あなたも相当なものだとイプスの件で知っていますが、政治や貴族の世界はもっとひどい。彼のことを大切に思うのなら、強く結びつきを作っておきなさい」
「――忠告痛み入りますが、気になることを言いましたね? 『今回ですら』と? それは、戦いの機会があるということですか? だから、貴女たちはこれだけの人員を連れてきている?」
リサの指摘にマルドゥークとウルティナは顔を見合わせた。そして彼らが説明しようとしたその寸前、アルフィリースが先に口を開いた。
続く
次回投稿は、12/22(火)19:00です。